死の谷―発相におけるネメス―
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視線についても、靴底を通じて伝わる石舞台の冷たさも、考えまいとした。ただこの森の中にいる、一人の観客を意識した。首にかかった母親からの贈り物を意識した。その内リディウは何も考えない、無心の状態になっていった。
空に目を見開いた。
満月に目が吸い寄せられた。
月。月だけをリディウは見る。
半月状の舞台。
半月状の客席。
その間を裂く闇の河。
リディウは目を瞑り、満月の真円を想った。蝋燭の光と通路の闇によって分け隔てられた、この舞台と客席が真円になる様子を想った。
光と闇の和合。
「レレナ」
唇が自然と動き、リディウは曇りなき眼で改めて月を見上げる。
月と夜。光と闇。陰陽と調和。
レレナへの祈りは、月が欲しいという事なのだ。
第二の舞に入る一瞬、ある想念が、リディウの脳に入りこんだ。
「光と闇が」
口をつぐむ。
『光と闇が和合する場所で、月が落ちてくる』
再び目を閉じた時、リディウの魂は、その肉体のどこにも存在しなくなる。
リディウは舞を忘れた。重い体を忘れた。ただ、魂の眼に映る光景に、意識を集中した。
おかしな所だった。
まぶしい夜。無数の四角い塔が聳えている。全ての塔の、実に多くの窓に、光が点っている。その光景が、視界の限り広がっていた。
見た事もない、緑や青や赤の、異質な光。それは意味のわからない図像を象り、煌々と点る。文字だろうかと、リディウは考える。
塔と塔の間の地面を流れる赤い光と黄色い光。リディウは光の一つ一つに意識を向けた。
人を乗せて動く、奇妙な形の箱であった。それを牽引する馬も牛もいない。不可思議な魔術が介在しているのだろうか。
彼女は唐突に理解した。
これは地球の光景だ。前階層の地球なのだ。
そして月、不変の月が、地球を照らしている。
リディウは強い力に引かれた。月が遠ざかる。落ちていくのだ。月ではなく、リディウが。落ちてゆく。リディウは月に手を伸ばす。
いかないで。
かつて崖から突き落とされた娘達と同じように、リディウは転落のさなか、涙を振りまいた。その涙の粒が一つ、冴えた光を放つ。
来た。
リディウにはわかった。
その光点。
炎の結界の中、リディウは肉体の目を開く。光点は変わらずあった。
万物が調和する点。
全ての時と空間と可能性が折衝する点。
光点に手を伸ばしたリディウの口を、荒れた掌が後ろから塞いだ。喉に当たる刃の冷たさを、リディウは知覚した。
研ぎ澄まされたナイフが、リディウの喉を切り裂いた。
既に二つの蝋燭の火が消され、陣が無効化されていた事に、リディウは気付かなかった。喉から迸る血の熱さに、リディウは気付かなかった。
光点が消える。
それだけが、リディウにはわかった。
開
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