死の谷―発相におけるネメス―
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りと垂れ、石造りの大聖堂図書館を包みこむ森に意識が溶けこんでいく時、リディウの頭の中をある閃きが走り抜けた。
リディウは目を大きく見開き、背筋を伸ばした。そして、立ち上がると、ドレスの裾をはためかせて走り出した。
テラスの端の、曲がりくねった堅牢な石の階段を駆け下り、そのまま森に続く石畳の小径を行く。
森が開け、舞台が現れた。半月状の舞台と、それに向かい合う半月状の客席。階段の形になっている客席を駆け下りて、リディウは舞台に上がり、激しく舞い始めた。原初の混沌を統べる神、すなわち陰陽と調和の神レレナを讃える舞である。踵が石の舞台を打ち、長い髪が踊った。一番上の客席に、ミューモットが現れた。第一の舞を終えたリディウは、汗も拭かずにミューモットと見つめ合った。
「何をしている?」
「贄は夜、歌劇の力を発相に与えた神ネメスに舞を奉じなければなりません」
ミューモットが客席の間の階段を下りてくる。
「ですが、巫女に託宣を授けた神がネメスだけでなくレレナでもあるのなら、夏の夜に輝くネメスの星だけでなく、冬に輝くレレナの星にも舞を捧げなければならないのではと私は考えました」
リディウは細い顎を晴れ渡る空に向けた。
「天球の回転にまつわる講義によれば、目には見ねども、冬の星は夏の昼の空に存在するものとされております」
「考えたものだな」
ミューモットは皮肉っぽい笑みを浮かべ、立ち去って行った。リディウは彼の事など気にせず、第二、第三の舞を空に捧げた。
舞が終わった後、リディウは舞台の中央に直立して風を感じた。激しい舞の恍惚が去り、目を開けると、ミューモットはとっくにいなくなっていた。
リディウは舞台を下り、舞の疲労で呆然としながら石の小径を辿り始めた。テラスに至る階段の途中から空を見上げると、テラスからこちらを見下ろす人影が目に入った。
ミューモットほど大柄ではない。
人影は、さっとテラスの手すりから離れた。
リディウは足を急がせた。
テラスに上がると、誰かが建物内への扉を内側から閉めた。リディウはドレスの裾をつまんで走り、その扉を開けた。ひんやりした空気が体を包んだ。人影が、白亜の回廊へと廊下を曲がって行った。
「待って」
リディウはその人に追いつき、並んだ。
まだあどけなさの残る少年だった。髪はきれいに切り揃えられ、身なりは正しく、顔は緊張に強張っている。少年はリディウを気にもせず、回廊を進んだ。中庭には様々な花が咲き乱れ、磨き上げられた彫像には苔一つついていない。
少年は星図の間の戸を叩いた。
「神官長の酌人を務めております、タイスと申します。神官長の命により台本を預かりに参りました」
「入りなさい」
リディウは少年と一緒に星図の間に入った。戸に背を向けて、灰色の髪の巫女が机に向かってい
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