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Lirica(リリカ)
死の谷―発相におけるネメス―
―2―
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男に語っていたのではない、語らされていたのだ。つまりこの男に試されたのだと悟り、リディウは不愉快になった。
「歌劇場に行かなければならない、と言ったな」
 ミューモットも星図の間に入ってきた。
「まるで生贄が自力でそうしなければならないような言い方だが、神が自ら選んだ生贄ならば、それを迎えには来ないのか?」
「私は」
 リディウは、歌劇の執筆が行われたという白塗りの机に寄り、指を添えた。
「……私の世話役の神官が、生贄を育てるのが私で三人目であると知った時、奇妙に思ったのです。何故立て続けにネメスの都から、贄が選ばれなければならぬのか。私は十四を迎えた日から、少しずつ調べました」
「そしたら?」
「私も、私の前の贄も、その前の贄も、ネメスの託宣により与えられた役は〈占星符の巫女〉であった事がわかりました」
 ミューモットは腕を組み、深刻な表情で話を聞いている。リディウは続けた。
「ネメスの星は贄の選定までしかしません。贄は自力で神々のお気に召す役者となり、歌劇場への招待を得なければならない。私はそう推測いたします。もしも私が贄としての役を果たせなければ、またもネメスから新たな〈占星符の巫女〉が選ばれるでしょう」
「神官達がそう言ったのか」
「いいえ。ネメスの神官達は口を閉ざしました。そして私の推測を誰一人として否定しませんでした」
「相応しくない娘たちは、歌劇場にたどり着けなかったのならネメスの都に帰ってもよかった筈だ」
 リディウは顔を強張らせた。
「当然その疑問を抱いた筈だ」
 ミューモットが部屋の奥に歩いて行く。
「来てみろ」
 彼は部屋の物入れの戸に手をかけた。
「神官達が誰も答えなかったのなら、答えはこういう事だろうな」
 物入れの戸が、勢いよく引かれた。
 その先の空間は、物入れではなかった。
 冷たい山の風が、室内に吹きこんできた。
 向かいの山肌が、リディウが立つ位置からでも見える。
 リディウは震える足で戸に歩み寄った。
 戸の先は断崖になっていた。
 朝日が、消え残った夜を打ち払わんとその光輝を増して、深い谷へ、谷の底へ、光の矢を伸ばしていく。

 ※

 広い大聖堂図書館内部をひとしきり見て回った後、リディウは南棟のテラスの、長い間風雨にさらされた痕跡を刻む石のベンチに腰かけて時を過ごした。魔術師ではないリディウに、大聖堂図書館から、何らかの情報や過去を読み取ることはできなかった。
 テラスには涼しい風が吹き、木々が囁く。鳥たちが鳴きかわし、どこからか、流れ落ちる滝の豊かな水の音が聞こえてくる。今日が人生で最期の一日であるとしても、のどかな光の中で、なかなかその実感を持てずにいた。その内、体の中に残っていた眠り薬が効いてきて、リディウはうとうとし始めた。
 頭がこくり、こく
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