死の谷―発相におけるネメス―
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しているかもな。勘だが」
「何故あなたに、そのような事がおわかりになるのです?」
「経験と場数だ。魔術の残滓が教える。不自然な時の流れ、断絶された流れ、ここには『いつでもなかった時間』があると」
この男は渉相術の使い手だ、と、リディウはすれ違うミューモットの背を見て、改めて考えた。他の相へ渉る力の代償として、相は時間を支払う。この男は、常人にはない、時に対する特殊な感受性を持っているのだろう。
ミューモットは部屋の奥の小さな扉を開けた。その先の廊下を歩きながら、彼はまた口を開く。
「お前の言う通りだ。歌劇場は人間には現実として認識できない領域にある。どの相にも存在しない一方、どの相も歌劇場を顕現しうる可能性を秘めている」
「私は歌劇場に行かなければなりません。ここから」
リディウは後をついて行く。
「必ず」
「お前は歌劇の何を知っている?」
中庭を巡る白亜の回廊に出た。回廊を、北の棟に渡りながら、リディウは小走りになってミューモットを追い抜いた。
「多くは知りません。この大聖堂図書館で書かれたという事以外は。大聖堂図書館についてなら多少の知識はあります。ここに来る以前に何度も見取り図に目を通しましたから」
渉相術の間の奥の扉から回廊に出、北の棟に渡って最初に行き当たる部屋。その部屋の扉を、リディウは迷いなく開ける。
「〈星図の間〉です。水相に凋落をもたらした歌劇は、託宣を受けたネメスの巫女により、この部屋で書かれました」
「書かせた神は?」
「死の神ネメスとする説が多数派です。陰陽と調和の神レレナであるとする説も少数ですがあります」
「その両方である可能性は?」
「歌劇は二部構成になっておりますので、その可能性は考えられます。一部ずつレレナとネメスが書かせたと」
「実際にペンを執った巫女ははっきりした事を伝えなかったのか」
「巫女は何も語らず亡くなりました」
そこはあまり日が射さない、小さな机が一台あるだけの狭い部屋だった。
「歌劇の内容や書かれた経緯を知る者は、その巫女だけではあるまい」
「みな、亡くなりました」
リディウは部屋の真ん中で、ミューモットに語る。
「その巫女も多数の神官も、そしてタイタスの都の王も、歌劇の内容を知る者は、みな塩になりました。歌劇の力が及んだ水相の陸地と同様に」
「それほどの滅びの力を秘めた歌劇のために、何故また発相では役者が集められなければならない?」
「歌劇が、第一幕の上演のみで水相を没落せしめたからです。人は歌劇の力を恐れ、第二幕を封印した。しかし神々は第二幕の上演をお望みです。その為の役者が必要です」
「上等だ」
その言葉に戸口のミューモットを振り向くと、彼は皮肉っぽい笑みを唇に浮かべ、挑発的な目でリディウを見ていた。
歌劇について、この
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