死の谷―発相におけるネメス―
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ト国から」
と、低い声で答えた。
「どの相のセルセト国から」
リディウは尋ね返した。
「発相におけるセルセト国は、五百年前に凍りつきました。ここタイタス国との終わらない冬戦争によって」
男は黙りこむ。
「高位魔術……渉相術の使い手ですね?」
柱に手を添え、リディウは一歩、男に歩み寄った。
「あなたは何に導かれて、ここまでいらしたのでしょう」
「導かれて? 何故そのように思う」
「あなたが、何故私がこのような場所にいるのかをお尋ねにならないからです。私は私の必然によってこの場所に導かれた。あなたもそうであるから、私の存在を不思議に思わないのではありませんか?」
「……お前は生贄だな。発相では歌劇の力を得た代償として役者を求められると聞く」
「はい。私は神に差し出された身の上。あなたも何らかのお導きにより、この山深くの大聖堂図書館に到達めされたのならば――」
「俺は神の役者にはならんぞ」
言葉を遮られたリディウは、はっとして目を上げた。男の表情は険しい。男はリディウの緊張に気付くと、溜め息をついて力を抜き、頭を軽く左右に振った。
「ミューモットだ」
男は立ち尽くしているリディウに苛立ち、言葉を重ねる。
「名前だ。お前の名は何だ」
「リディウと申します」
「念の為聞くが、一人か」
「はい」
ミューモットと名乗る男は頷きながら歩きだし、リディウとすれ違って、エントランス正面の両開きの扉に歩いて行った。リディウは後を追った。
ミューモットが扉を開けた。
天井が高い部屋だ。ネメスの神殿の、三階分の高さはあるだろう。壁には頭上から天井付近まである細長い窓が並び、心もとない夜明けの光でも十分に明るい。床には埃一つなく、チョークで円陣が描かれ、それを描いた人間の気配さえ残っているようであった。
「時が切り離されたな」
リディウはミューモットの顔を見上げ、無言のまま視線で意味を問うた。
「歌劇の上演が行われた水相の歌劇場は、その魔力によって時を奪われた。結果、連続した時間が流れる水相から切り離された。それと同じ効果が一度、この部屋にももたらされたようだ」
リディウは部屋に入り、朝の光の中で両腕を広げた。天井を仰ぐと、そこにも床と合せ鏡になるように円陣が描かれていた。
「あなたの仰る通り、歌劇場は連続した時が流れる全ての相から切り離された。それゆえ歌劇場の在り処は、時の流れに依存する人間の意識には決して現実として認識できない領域に存在すると伝えられております。それで、この部屋の時が切り離されたとは? 私達はこの部屋を、現実に存在するものとして認識できているではありませんか」
「切り離されたのは」
ミューモットも部屋に入ってくる。
「ある一区切りの時間だけだ。水相で歌劇の上演が行われた時間帯に関係
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