雨と休日
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BersarinQuartettは流れ続けている。さっきも聞いた曲だと思った。時間的な計算をすれば、その曲はもう三回目であるはずだけど、僕の記憶の中では二回目だった。多分、文庫本を読んでいたその時の一回を飛ばしているのだろう。あの時は耳のすぐ側で鳴る音だって聴こえないくらい、意識がその活字の中に溶け込んでいたのだろう。
また、視線を窓に映す。
「ごめん。ごめん。遅くなっちゃった」
陽子が大きなポンチョ型の雨合羽を来て現れた。ピンク色の派手なやつで、僕の趣味とはどうしても交わる事がなさそうな代物だった。
「いや、いいんだ。急に誘って悪かったよ」
「それはいいんだけどね。外、雨すごいね」
バタバタと、窓に雨が打ち付けている。
「それより、合羽まで着てきたの?」
陽子が手に持った傘からは水滴が溢れていた。
「別に着てこなくてもよかったんだけど、これ最近買ったのよ。だから着たくなったの」
「じゃあ、こんな雨の日に君を呼び出した僕に感謝の念でいっぱいだと言う訳だ」
一瞬僕の方にちらっと目をやった後、雨合羽を脱ぎながら言った。
「……どうかしらね」
「そのはずだろう?」
「分からないわ。少なくとも、今日私はあなたの電話で起こされて、その時は不満が溢れんばかりだったけど」
「いつまでも寝ているなんてもったないよ。休日こそ早くに目を覚まして、外に繰り出すべきだ」
「それでも私は寝ていたいのよ。あなたの言う外に繰り出すって事が私にとっては寝ていると言う事なの。だから今私はあなたに付き合ってあげてるのよ?分かるかな?」
「ああ……」
年寄りの女性は変わらず本に目を傾けていた。
「これでも僕は分かっているつもりだよ。わざわざこんな雨の中出て来てくれた君に感謝してる」
「分かってるならいいのよ」
陽子は少し笑ってからメニューを開いた。もう、昼食時間なんてとっくに過ぎている。
「お腹空いたわ。朝から何も食べていないから」
「君に日曜日の朝なんてないだろう?」
「確かにそうね。……何食べようかしら」
陽子の視線がメニューの上で踊った。そう言えば、僕もホットコーヒーを頼んだきり何も頼んでいない。陽子と同じようにテーブルの上でメニューを広げた。
若い女性はタバコを吸っていた。ペンはテーブルの上に置かれ、分厚い本はいつの間にか閉じられている。
「最近、ダイエットしてるのよ。だからサラダにするわ」
「君は全然太っていないじゃないか」
「太っているとか太っていないではないのよ。ダイエットする事と、ダイエットという言葉を人に言う事に意味があるの」
「よく分からないな」
「分からなくていいのよ。あなたには」
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