雨と休日
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の他諸々が説明された。十ページ読み終える頃には、物語の虜になっていて、百ページ読み終えると、物語が完結した。本を呼んでいる間、並べられた活字から目を離していない。大きな窓を眺めると雨はまだ降り続いていて、さっき少しだけ休戦状態であった雨も、また活気を取り戻していた。バタバタと雨が打ち付けて、木が風に煽られ少しだけ揺れている。
陽子からの連絡はない。
BersarinQuartettはリピート機能のおかげで、まだまだイヤホンから音を流し続けたままだった。しんなり湿った音が耳に届き続けている。
窓に張り付いた水滴をあても無く眺めていた時に電話が鳴った。
「もしもし、準備できたけど」
「ありがとう。もう、店にいるんだ」
「どこの?」
「いつもと同じ」
「分かった。今から行くわよ」
「気長に待ってるよ」
必要最低限の事だけを並べて無駄を省いた会話は、随分とあっけなく終わってしまった。
完結してしまった本をもう一度見る気分にはどうにもなれなくて、僕は手持ち無沙汰になった。文庫本はこの一冊しか持って来ていない。音楽は絶え間なく流れ続けているけど、それを主とする気にもなれなかった。ぼーっと大きな窓を眺める。ゆっくりとスライドしていく視線が端の客席から順々に流れて行った。本を読む年寄りの女性。丸い形の眼鏡をたまに持ち上げて、ずれを直している。ペンを片手にノートに何かを書き込む若い女性。ノートの横には随分と分厚い本が置いてある。本を見た後に、すぐにノートに目線を移し何かを書き込む。そして、またすぐに本に視線を移す、ノートに何かを書き込む、本に視線を移す、何かを書き込む……。忙しない動きの合間に、ティーカップを持つ指に輝いてる指輪がとても美しく見えた。地味な色味のウインドパーカーを来た、無精髭を生やした男性がグラタンを口に運んでいる。グラタンからは白い湯気が立ち、外の寒さが際立った。前髪が少しだけ目にかかり、サイドの髪の毛は外に向かって跳ねている。外の明かりが当たると、その髪は少し茶色くも見える色だけど、正真正銘、黒の色と言って間違いないだろう。男性は一口一口ゆっくりとグラタンを口に運んだ。ウインドパーカーに付いた水滴を無視したまま、熱さを味わうように、ただグラタンを食している。年期を感じる焦げ茶色のブーツにカーキ色のミリタリーパンツ。持っていたバーバリーの傘がいやに浮いていて、僕は少し幸せな気持ちになった。
空席が続いた。空席。空席。空席。
空席に置かれた、伝票立てと、灰皿が寂しそうに佇んでいて、きちんと整頓された椅子が人を待ち侘びている。髪ナプキンがストックされて、メニューは横に立てかけられたままだった。天井から下るオレンジ色の明かりが、やわらかに二人掛けの空席を照らしていた。
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