死の谷―発相におけるネメス―
―1―
[3/4]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
ど、とどのつまり私は死ぬのだろうと、リディウは思った。誰も私の死を望んでいない。しかし私は死ななければならない。
エテルマが抱擁を解いた。リディウは母の痩せた両肩に手を添え、そっと引き離した。
神殿の建物を出ると、世話役がずれたヴェールを直し、ドレスに汚れがない事を確かめた。その後、馬車に乗せられた。馬車には世話役の木人形が一体乗っていた。座席に座ると、木人形の右目から蜂が顔を出し、左右の大きな複眼と、額の三つの小さな単眼で、リディウを見つめた。
蜂はしきりに短い触角をそよがせ、首をかしげると、右目の奥に一度引っ込んだ。木人形が動いて、座席の下のひきだしから小箱を取り出し、差し出して開いた。金で縁取られた、七色の貴石が輝く首飾りが収められていた。
リディウは、着せられたドレスにはあまりにも不釣り合いな、見ようによっては粗末とも言える貝殻と珊瑚の首飾りに手を当て、首を横に振った。蜂は得心したように、首をかしげるのをやめた。
馬車が動き出した。
神殿の正門をくぐってゆく。
馬車が神殿の敷地を出た時、神殿にはまだ母がいる、という思いが、閃光のようにリディウの頭の中を駆け抜けた。思わず、窓に顔を寄せて、外の様子を見た。
リディウは母がくれた首飾りを強く握りしめた。あの人は、この世で最も私を愛する人であった。それが遠ざかってゆく。
リディウの両目に涙が溢れた。
神の御子、すなわち生贄を運ぶ行列は神聖なものであり、決して見てはいけない。家々の窓にはカーテンが引かれている。
馬車を中心に、神官と兵士で成る隊列は、こんなに爽やかな朝に静まり返っている街を粛々と進んだ。
ネメスの街を出ると、隊列は三分の一の長さになった。一行は山道に差しかかり、浅い谷間で休憩に入った。リディウは木人形に付き添われ――あるいは見張られながら、馬車の窓から外の様子を観察した。神官や兵士たちはめいめい、携行食を口にしたり、日の射さない草地で横になったりしている。時折視線を感じ、そちらを見返すと、リディウを見つめていた者はすかさず目を逸らした。その一瞬の間に、リディウは好奇心や憐憫や恐れといった、様々な感情を読み取った。
三十手前のある神官は、居たたまれない思いでリディウの横顔に視線を注いでいた。彼女は捕縛こそされていないものの、この険しい山の中で、きついドレスと踵の高い靴は拘束衣そのものだ。どこにも逃げられはしない。彼は先月、妻との間に初めての子を授かったばかりであった。自分の子の愛しさと、リディウやその両親の境遇とを思うと、涙が出そうになる。
まだ十代の兵士は、興味本位から馬車の窓を覗き見て、ヴェールを脱いだリディウの横顔の美しさに息をのみ、頬を紅潮させた。そして、リディウが妹と同じ歳であることを不意に思い出し、罪悪感に似た痛みを感じ馬車
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ