漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
―4―
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4.
記憶の中で、死者が、ウラルタの家の戸を叩く。
ベッドから身を起こし、のろのろと戸口に向かったウラルタは、その日、死者を見た。
体に海藻を纏わせ、潮と腐肉を臭わせる、死んだ祖父を見た。
祖父はウラルタの前に立ち、白濁した目と、開きっぱなしの口、まばらに髭の生えた顔をウラルタに向けた。そしておもむろに後ろを向き、導くように歩き始めた。
果てしなき夕闇へと。
翌日か、翌々日、そのまた翌日かに、ウラルタは目を覚ます。あるいは死体に残る魔術の残滓によって、ウラルタが知るどの方法でも計ることができない時間の流れ方があったのかもしれない。
仰向けに横たわるウラルタは、空の青さを見て、イグニスの寺院の天井に描かれた空は本当だったのだと知る。ここは昼なのだ。
ネメスは夜の中にあると伝説に聞いていた。確かに、ネメスへ向かうという死者たちも、町の上を夜の方向へ飛んでいた。
生きている人間たちが夜に追われて夕闇を漂流している間に、昼と夜が入れ替わったのかもしれないと思いながら、小舟から体を起こした。
小舟の縁の向こうに、ウラルタは生まれて初めて、青空を切るように聳える山というものを見た。周囲に注意を払い、地面から生えている木や、地や、草を、これまで挿絵つきの聖典でしか目にしたことがないあらゆるものを、ウラルタは目撃した。
海はどこにもなかった。小舟は白い砂の中に半ば埋もれていた。そっと砂に足を下ろすと、地の確かさをどの町の床より強く感じた。
白い砂地の向こうに、高いアーチ状の門扉が見えた。門の奥にはイグニスの寺院より遥かに大きな白い建物があった。建物を、首をめいっぱい仰け反らせて見上げれば、頂に星のシンボルがあった。建物の正面の入り口に向かって石造りの道が延びており、入り口の両開きの扉はウラルタの身長の三倍はありそうな大きさで、その片側が開いていた。
扉の前に、塩の塊が落ちていた。
死の女神の星を崇めるネメスの民は、みな塩になって死んだ。恐らくあの司書の霊は、他人の肉体を借りて、もう一度同じ死を遂げたのだ。
建物の中に入ってみた。何もかも白かった。日の光が差しこみ、白い床と、立ち並ぶ白い列柱が輝いていた。正面には受付と思しき白いカウンターがあり、その横に、重たげな扉が控えていた。
扉のドアノブには、錆一つ浮いていない。
扉を開けた。
何もない部屋だった。
高い窓から光が降り、床にチョークで円陣が描かれている。埃一つ落ちておらず、つい先ほど、誰かが何らかの魔術を行うために清めた直後のように見えた。
円陣の中央に、紙が一枚落ちている。ウラルタは躊躇いながら部屋に足を踏み入れた。
その紙は、色褪せもせず光の中にあった。しゃがみこんで見ると、かつてウラルタの自宅に届いたパンフレッ
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