暁 〜小説投稿サイト〜
Lirica(リリカ)
漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
―4―
[2/3]

[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話
トと同じく、歌劇場が描かれていた。
 そして、異邦の文字が読めた。
『我らあてどなく死者の国を』
 何故今、その文字が読めるようになったのか、ウラルタにはわからない。紙は一瞬で、塩に変わり崩れた。
 ネメスに来たのだ。ウラルタは確信する。ついに。ネメスにたどり着いたことによって、自分自身に変革がもたらされたのだ。だから読めたのだ。
「おじいちゃん」
 ウラルタは、ほとんど意識せぬ内に呟いた。塩の前に(ひざまず)き、思いに耐えて目を閉ざした。
 記憶の中を、死んだ祖父が導くように歩いている。
 果てしなき夕闇へと。
「おじいちゃん」
 その時も、ウラルタは呼んだ。
「おじいちゃん、どこに行くの」
 もしも、死者がもう一度生きてくれることができるのなら。もう一度共に暮らすことができるのなら。その為の手立てを、誰も知らない、全く新しい方法を、祖父が手にしているのなら。ウラルタは後をついて行く。
 祖父は地区の外れまで来て、黒い海に飛びこんだ。水が跳ね、ウラルタの足首を濡らした。
 祖父は鼻から上だけを、海の上に出した。白濁した目はずっとウラルタを見ていた。
 祖父はそのままぷかぷか波に揺られながら、ウラルタを待っていた。言葉を失った死者の要求するところを察して、ウラルタは立ち竦んだ。
「おじいちゃん――」
 黒い波が、少しずつ、待機する死者を町から引き離す。
「ごめんなさい」
 ウラルタは、首を横に振った。
「ごめんなさい……」
 死者はウラルタを見つめつつ、波間に浮き沈みしながら、海の彼方に運ばれていく。

 背後の湿った足音で、ウラルタは我に返る。
 よく知った臭いがした。吐き気を催す腐臭。海藻の臭い。つんとする潮の臭い。
 ウラルタは振り返った。
 水死者が、戸口に立っていた。
 黒い、腐術師の紋章が刺繍された法衣を纏っている。
 言い伝えによれば、ネメスの大聖堂図書館には腐術の魔女が住んでいる。死者たちは魔女による慰めを得るために、翼を得てネメスへ向かうのだ。
「腐術の魔女」
 ウラルタは立ち上がり、魔女と向き合った。
「あなたが私を呼んだの?」
 魔女の顔も手も、法衣から覗く体は真っ赤に変色し、ふくれている。両目は今にも顔面から押し出されそうなほど飛び出しており、ウラルタを見てはいない。
「そうなんでしょ」
 ウラルタは吐き気をこらえて一歩踏み出した。
「どうしてなの? 私を歌劇場に連れて行くの?」
 法衣にも、指にも、首筋にも、長い海草が絡みついている。よく見れば肌が斑になっている。乾いた潮がこびりついているからだ。
 魔女はゆらゆら揺れていた。ウラルタを見ずに立っていた。
「私は生きる事を選んだの」
 ウラルタは畳みかける。
「私はおじいちゃんについて行かなかった。一緒
[8]前話 [1] [9] 最後 最初 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ