漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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トと同じく、歌劇場が描かれていた。
そして、異邦の文字が読めた。
『我らあてどなく死者の国を』
何故今、その文字が読めるようになったのか、ウラルタにはわからない。紙は一瞬で、塩に変わり崩れた。
ネメスに来たのだ。ウラルタは確信する。ついに。ネメスにたどり着いたことによって、自分自身に変革がもたらされたのだ。だから読めたのだ。
「おじいちゃん」
ウラルタは、ほとんど意識せぬ内に呟いた。塩の前に跪き、思いに耐えて目を閉ざした。
記憶の中を、死んだ祖父が導くように歩いている。
果てしなき夕闇へと。
「おじいちゃん」
その時も、ウラルタは呼んだ。
「おじいちゃん、どこに行くの」
もしも、死者がもう一度生きてくれることができるのなら。もう一度共に暮らすことができるのなら。その為の手立てを、誰も知らない、全く新しい方法を、祖父が手にしているのなら。ウラルタは後をついて行く。
祖父は地区の外れまで来て、黒い海に飛びこんだ。水が跳ね、ウラルタの足首を濡らした。
祖父は鼻から上だけを、海の上に出した。白濁した目はずっとウラルタを見ていた。
祖父はそのままぷかぷか波に揺られながら、ウラルタを待っていた。言葉を失った死者の要求するところを察して、ウラルタは立ち竦んだ。
「おじいちゃん――」
黒い波が、少しずつ、待機する死者を町から引き離す。
「ごめんなさい」
ウラルタは、首を横に振った。
「ごめんなさい……」
死者はウラルタを見つめつつ、波間に浮き沈みしながら、海の彼方に運ばれていく。
背後の湿った足音で、ウラルタは我に返る。
よく知った臭いがした。吐き気を催す腐臭。海藻の臭い。つんとする潮の臭い。
ウラルタは振り返った。
水死者が、戸口に立っていた。
黒い、腐術師の紋章が刺繍された法衣を纏っている。
言い伝えによれば、ネメスの大聖堂図書館には腐術の魔女が住んでいる。死者たちは魔女による慰めを得るために、翼を得てネメスへ向かうのだ。
「腐術の魔女」
ウラルタは立ち上がり、魔女と向き合った。
「あなたが私を呼んだの?」
魔女の顔も手も、法衣から覗く体は真っ赤に変色し、ふくれている。両目は今にも顔面から押し出されそうなほど飛び出しており、ウラルタを見てはいない。
「そうなんでしょ」
ウラルタは吐き気をこらえて一歩踏み出した。
「どうしてなの? 私を歌劇場に連れて行くの?」
法衣にも、指にも、首筋にも、長い海草が絡みついている。よく見れば肌が斑になっている。乾いた潮がこびりついているからだ。
魔女はゆらゆら揺れていた。ウラルタを見ずに立っていた。
「私は生きる事を選んだの」
ウラルタは畳みかける。
「私はおじいちゃんについて行かなかった。一緒
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