漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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ながら首を横に振った。
「私、字、読めない……」
「ねえ、ミューモット、こいつ何にも持ってないよ!」
子供が言う。
男の目から張り詰めていた光が消えた。
「どこで盗った?」
「駅で」
「どんな奴が持っていた」
「女……若い……それが何だって言うのよ」
手が離れる。男は散らばった封書をかき集め、拾い上げた。その左手に炎が宿る。パンフレットも、封筒も、見る間に灰に変わってしまったのでウラルタは衝撃を受けた。この男は魔術師だ。
「ねえ、あんた、さっき言ってたネメスってどういう所? 金持ちがいる所? 仕事がある所?」
「やめておけ。ネメスに行こうとして帰って来た奴はいない」
男は背を向ける。ドブ街とは反対方向、町の路地の闇深くに、マントの裾をはためかせて消えて行く。駅に行くつもりだろうか。居もしない、鞄を失くした若い女を探して。
「待って、ミューモット」置き去りの子供が憐れな声をあげ、追いかける。「どこに行くの、ねえ、ミューモット」
帰って来るつもりはないわ、と再び一人になったウラルタは、胸の内で答えた。
続けて、ではどうするつもりなのだろうと自問する。
たどり着いた場所に死ぬまでいる事になるのか。だとしたらその場所で、どのように死ぬのだろうか。
飢えて死ぬのか。
渇いて死ぬのか。
凍えて死ぬのか。
その事を、旅に出て以来、初めて考えた。
※
大砲が火を噴き、悪しき死者が撃ち落とされた。死者はウラルタが向かう方向に落ちていった。そのまま歩いて行って角をいくつか曲がると、死者が身に着けていた筈のなけなしの財を求めて、人々が通りをうろついていた。
ウラルタは壁が緑色に塗られた、大きな建物の戸を開けた。大量の食器が触れ合う音や人々の話し声、肉をあぶる音などが、湿った熱気と共に溢れ出てきた。各テーブルで大人たちがカードを繰る間を縫い、奥のテーブルの、貝毒で酩酊状態に陥っている男の隣に座り、売り子を呼び、防水マントの下から銅貨を出して渡した。
「クラッカーをちょうだい」
本当は野菜とチーズもつけたいが、贅沢は言えない。それらの食べ物の匂いだけで自分を誤魔化し、満足することにした。
ウラルタは、テーブルに肘をつきまどろんだ。激しい雨が建物の屋根を叩き始めるのを眠りの中で感じた。雨音をきっかけに僅かに覚醒した意識が、周囲の物音を認識し始めた。いびき、ざわめき、売り子を呼ぶ声、『腐術』――腐術?
完全に覚醒し、ウラルタは目を開けて周囲を窺った。隣の男は深く眠っている。壁際に丸く人だかりができていた。ウラルタは立ち上がり、人垣越しに、輪の中心を窺った。
老いた男が横たわっていた。顔は灰色で、開いた口から見える舌は細く尖っており、死んでいるとわかる。床には死体を中心に円陣が描かれ、五本の
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