漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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物を落として行くのを期待して、誰かがすれ違いざまに裂いたのだ。ウラルタは鳥肌を立てる。後生大事に持ち歩いていた封書は全て、こぼれ落ちてしまっていた。
何かを間違えたのだ、と、ウラルタは打ちひしがれながら考えた。あの小屋の前で立ち止まりすぎたのが間違いだったんだ。逃げ道が間違いだったんだ。
そして、ドブ街を抜けた安堵感から立ち止まってしまった事もまた、間違いだった。
筏から、人影が目の前に飛び出してきた。ウラルタにできた事は、僅かに体を強張らせる事だけだった。力強い腕によって体を近くの壁に押しつけられた。鞄が腕から滑り、足許に落ちた。
高い壁が生み出す影の中で、ウラルタは目に黄昏の光を集めて相手を凝視した。
男だった。三十前後に見える。その体格と射るような目の光で、抵抗しても勝てる相手ではないとウラルタは悟る。男は右手でウラルタの防水マントの襟を掴み、壁に押しつけていた。そして、左手には、数通の封書と、何度も水に濡れたせいでボロボロになったパンフレットを握りしめていた。
金を要求されると思いきや、思わぬ事を男は尋ねた。
「これをどこで手に入れた」
ウラルタは目を見開き、男の質問の意図を探ろうとするが、相手の表情に漲る殺意にも似た真剣さからそれを汲み取ることは出来なかった。
「それ、あんたが掏ったの?」
「そんな事はどうでもいい――」
子供が筏から町に飛び移ってきた。下着しか身に着けておらず、痩せこけている。
「ねえ、ミュー……」
「下がってろ!」
男が怒鳴った。
「何よ!」
ウラルタも男に怒鳴った。
「欲しいならあげるわよ、そんな紙屑! 放せ! あんたドブ臭いのよ!」
「ネメスに行くつもりじゃないだろうな」
ウラルタは凍りつくような衝撃を堪えた。
「あんたには関係ないでしょ」
「お前の名は?」
真正面から男を睨みつけながら、ウラルタは懸命に考えた。足許では子供がウラルタの鞄を漁っている。
男の関心がまずパンフレットと封書にある事は間違いない。封書に記された名の主が自分であると知られれば、どのような危険が、あるいは進展がもたらされるか、予測できなかった。
ウラルタは今一度慎重に、男を見定めた。ドブ街のような貧民街はこれまでも見てきた。この男はドブ街の人間ではないとウラルタは判断した。着ている物がちゃんとし過ぎている。
ならば欺けると、ウラルタは踏んだ。
「シオ」
「これをどこで手に入れた」
「これって? その紙屑の事? 鞄の事?」
「両方だ」
「ちょっと拝借しただけよ。馬鹿なよそ物がぼうっとしてたから。私を警邏に突き出すつもり?」
「何故こんな物を掏った?」
「紙屑しか入ってないって知ってたら、掏らなかったわ」
「書かれている内容を読んだか」
ウラルタは震え
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