道化師が繋ぐモノ
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ただ一人の為に。
真名を許したという事は、夕は兵士に命を預けているという事で、それならバカ共がきっと命を賭けて守っている事だろう。だからまだ間に合う。
ズプリ……と敵に刺さっていた剣を抜き放った。見もせずに真横に放り投げ、また来る敵を鎌で切り裂く。
背中がジクジクと熱い……が、あの時の感覚を思い出したおかげで冷静にもなれるのだから少し笑える。
――武器が無くても戦えるのは知ってるけど、剣が無いと秋兄に向かう敵が勢いづいちゃうよね。
悲鳴が大きくなったから、秋兄は無事に武器を受け取ったらしい。
また鎌を振るい、鎖を舞わせ、分銅を投げて戦いを維持する作業に戻る。ただ……どうやら秋兄はあたしと合わせてくれるらしく、近づいて来てくれた。
狂ったように笑ってたけど、はたして歪まなかったか否か。
あたしは知らないが、初戦場は只でさえ心に来るモノがあるらしい。武力が高いモノなら尚の事、心にブレが出て何がしかの変化を伴うだろう。彼がそのままならいいけど、暴走してたなら抑えないと拙い。
「ありがと、秋兄」
「バーカ。貸し一つな」
軽い声音は日常会話のよう。透き通った瞳は昏く落ち込んでいたが、其処まで重大なブレは無い。
秋兄は……戦う前からイカレてたって事だ。初めてヒトゴロシをしてこんな普通に話せるわけが無いのだから。
――そっか、記憶を失って前の秋兄よりもイカレちゃったのか。それもあたしにより近く。
互いに武器を振るいながらの短い会話。
上がった名声から、置かれた状況から、彼は乱世から逃げられない。過去の自分と何時でも比べられ、向けられる期待も視線も願いも他者のモノで、其処には“自分が居ない”。
元々他人の為にしか生きられない人だったけど、一人を救いたいと願ってしまったから昔の自分と微妙なズレが出る。
故に、秋兄はあたしと同じになってしまった。
でもあたしは……今の秋兄も嫌いじゃない。どちらにしろ根本的な異常性は変わらないのだから。
背中から流れる血を気にも留めず、気遣う事もしてこない。心の距離感があたしにとっては絶妙で、それが凄く、居心地がいい。
こういう信頼はいいモノだ。誰かと一緒に、自分達の願いの為だけに戦うなんて今までしてこなかったからか、この共同作業も楽しく感じた。
血も、臓物も、脳漿も……変わりないモノなのに。あたしの心に浮かぶ感情だけが、今までとは全く違うモノ。
曖昧でもやもやしててやぼったいくせに、なんとなくあったかい。
――ねぇ、秋兄。あたしは……変わっちゃったのかな?
聞いても前までのあたしなんか知らないから無意味。心の中でだけ尋ねてみた。
夕の為、それだけはそのまま変わらない。けれども、別のモノがいろいろと増えた気がする。
――
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