第16話 最後の実験を
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「多分、ここは安全だから。気の済むまで居て良いわよ。……じゃ、行ってくる」
ガチャリと音を立ててドアが開き、朝の日差しが差し込む。光を浴びながら出て行く華奢な背中を見送った小倉は、高田との約束どおり、炊事場に溜まった食器を洗い始めた。部屋に一人残されて、食器の片付けだなんて、居候か何かみたいだな、と小倉は思う。いや、実際居候なのだ。部屋の主の高田にご飯も作ってもらって、そして守ってもらってもいるんだから、居候以外の何者でもないだろう。どうせなら、洗濯もしておいてやろうかな、今日は良い天気らしいし。いや、でもさすがに高田の下着もあるのにそれを男の自分が干すのはなぁ……いやいや待て待て、自分は下着どころか生身すら見た事があるだろ、今更何を遠慮してるんだ……
グダグダと物を考えながら、スポンジで食器を擦り、泡を立てて、水で流す。指がかじかむほど冷たい水道水が、モワモワと泡を溜め込み、排水口が音を立てる中、小倉のスマホが音を立てた。
小倉が、高田から借りたジャージでおよそに指を拭き、スマホを手に取ると、その画面には
田中智樹、の文字が表示されていた。
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「今更何の用だ!おかげで死にかけたぞ!この裏切り者!何が愛の実験だ!何が信用を試す、だ!てめえの方から裏切ってきやがった癖に!」
自分のスマホの表示を見て、小倉は一瞬固まってしまった。が、昨晩の、田中がヤクザを煽りだした時の衝撃やら、ヤクザに組み伏せられた時の絶望感やら、思い出すのにはその一瞬で十分であり、小倉は通話ボタンを押すやいなや大声でまくし立てていた。
《いやぁ、ちょっとびっくりさせちゃったのは確かだねえ。謝るよ、ごめんごめん》
小倉の本気の怒りの叫びを聞いても、電話の向こうの田中は少しも悪びれる様子がない。たかが怒鳴ったくらいでビビってくれるような奴ではないというのは小倉も分かっていた事だが、この怒りを田中にぶつける方法が他にない事が何とも恨めしかった。殴りたい。目の前に奴が居れば、痛みをもって分からせてやれるのに……
「驚かせてごめんなさい、じゃねぇだろ!問題はそこじゃない!ふざけんなよ、お前の亡命の為に俺も体張ってヤクザの事務所なんかに行ったってのに……その話ムダにして、俺を危険に晒しやがって……」
小倉は、気がついたら涙を流していた。田中があっさり人質である自分を見捨てたこと、それは裏切りと言ってもいい。その裏切りに対しての怒りを、しょうもない拙い言葉を吼えたてる事でしか相手に伝えられないのがどうにも悔しい。電話なんてしょうもない、言葉なんてしょうもない……本当に伝えたいものをそのまま伝えられないのがもどかしすぎる。し
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