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レンズ越しのセイレーン
Ready
Ready4-1 ペイト/ブレイクアウト
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言葉だった。

「ルドガーが死んででも守りたかったお兄さんだからです」

 その言葉が効いたかは分からない。だが、ユリウスはようやく、ノヴァの料理を完食してくれるようになった。食べる代わりに、トマト料理はこれっきりにしてくれ、と言われたが、構わなかった。





 ある日のことだった。いつも通りマンションフレールの302号室に来て、ユリウスと一緒に夕飯を食べた。

 食事を終えて、ノヴァは食器を片づけにキッチンに入り、使い終わった皿やコップをシンクの中に置いた。

「ノヴァ」

 落ち着いた低い声がした直後、ノヴァは後ろから男の両腕で抱きすくめられていた。

「ひゃっ!? ユ、ユリウスさん」

 一時は憧れた相手と密着しているという状況はノヴァの女心を大いに混乱させた。
 だが、頭は冷静。ユリウスがノヴァに向けるのが「弟の同級生」への親愛で、彼が男女的にこんな行為に及ぶはずがないとの解を弾き出していた。

「もーっ、ビックリしたじゃないですかぁ。大丈夫ですよ。片付け終わったらすぐ戻りますから。あ、食後のコーヒーとか出しますか?」

 ユリウスは答えず、ただノヴァに回した両腕に力を込めた。さすがのノヴァも少し苦しくなってきた。

「ユリウス、さん。ちょ、ちょっとキツイかなーなんて」
「――子供が欲しい」

 それを聞いた瞬間、がらがらと崩れていった。ノヴァの中で、今日までのモラトリアムが。

「ルドガーのため、ですか」
「ああ。分史のルドガーとエルのように、分史から正史に進入できる力を持った子が俺にもいれば、その子が正史でルドガーを救う可能性は高い。産まれてからそう教育していけば」

 産まれてくる我が子を、最初から道具扱いする気しかない発言。
 軽く吐き気が込み上げた。

「産まれてくる子の意思はどうなるんですか。心は。大人になっていけばやりたいことも好きな人も別にできるんですよ。一人の人間なんですから」
「与えない。俺が考える目的と計画に不必要な知識と体験は全て除く。子供には独りで生き延びる術と、戦い方と、過去の変え方だけを教える」

 胸の上にあった両腕の内、片方がするりとノヴァの腹を撫でた。おかしな声を上げそうになった。

「前に君は俺に、欲しいものはないか、と聞いたな。今、できたんだ。欲しいもの」

 むきだしの首筋にかかる息が生暖かい。どくどくと巡る血流の音がうるさい。

「俺は俺の意思を継ぐ子が欲しい。頼めるのは君だけだ、ノヴァ。俺に、最後のチャンスをくれ」
「……もし産まれてきた子が、ユリウスさんの望み通りにならなかったら?」
「それも充分ありうる。いくら母親が『鍵』だったといっても、産まれてくる子まで『鍵』とは限らない。骸殻能力者になる見込みも
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