第九章
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第九章
そして杏奈の周りもだ。彼女に口々に言うのである。
「やったじゃない、本当に」
「勝ったわよ」
「チャンピオンよ」
「絶対に勝てるって思っていたわ」
杏奈は満面の笑みで言った。
「裕典ならね」
まだ闘いのそれが残る鋭い顔の彼を見ながらの言葉であった。今彼女は素直に喜んでいた。遂にチャンピオンとなった彼を見ながらだ。
そしてその後である。二人は一緒にいた。今度は別のレストランであった。木造の趣向でフラメンコが聴こえてくる。それだけでわかる場所である。
その質素そうであって頑健なテーブルに座っている裕典が。にこにことして自分の前にいる杏奈に対して話すのであった。その話すことは。
「じゃあアンニーナ」
「ここでもアンニーナなのね」
「乾杯しようよ」
こう彼女に声をかけるのである。
「是非」
「そうね。まずはおめでとう」
微笑んで彼の言葉に返す。
「遂にチャンピオンね」
「それでだけれど」
ワイングラスでの乾杯の後一杯飲んでからまた言う裕典であった。
「あの話は」
「ええ、わかってるわ」
「これを」
言いながら紫の小さな箱を出してきた。それが何かも言うまでもなかった。
「これまでのファイトマネーの金で買ったんだ」
「有り難う。それじゃあね」
「今まであまり贈り物はしなかったけれど」
そういうことは彼はしなかったのだ。そういうタイプではないのである。
「これを」
「贈り物ね」
ここで杏奈は満面の笑顔で彼に言ってきた。
「それだけれどね」
「今まで本当に」
「いつも貰ってたわよ」
こう言うのである。
「それはね。いつもね」
「いや、俺は別にそんなことは」
「貰ってるじゃない。今もね」
「今もって。それは」
「顔よ」
そうだというのである。
「顔がよ」
「顔!?俺の?」
「そうよ。裕典君の普段の笑顔と」
まずはそのことを言うのだった。
「それに試合の時のあの真剣な顔とね」
「その俺の顔を」
「そう、いつも貰ってるわ」
こう彼自身に話していく。
「それにこれからもね」
「これからもか」
「そう、貰うわ」
その整った顔に満面の笑みをたたえさせて話す。
「ずっとね。それでいいかしら」
「それでよかったら」
裕典自身はそのことに自分ではまだよく把握できないながらも頷くのだった。
「これからも」
「ええ、これからもね」
こう言い合う二人だった。杏奈は今は普段の彼の顔を見ていた。その顔も好きだし試合の時の顔もだ。どちらを好きな自分自身にも気付いてそのことにも微笑むのだった。
二つの顔 完
2010・1・21
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