暁 〜小説投稿サイト〜
二つの顔
第五章

[8]前話 [2]次話

第五章

「あの顔がね」
「じゃあ普段の顔は?」
「そっちはどうなの?」
「それはそれでいいのよ」
 それもいいというのである。
「どちらもね」
「何かそれって」
「おのろけ?」
「そうよね」
 皆それを聞いて口々に言う。どう見てもそれであった。
「杏奈って案外」
「のろけるタイプだったの」
「彼氏に」
「のろけてないわよ」
 自分ではこう言うのであった。
「別にね」
「いや、のろけてるし」
「見たらわかるから」
「言い逃れできないわよ」
 それはもうわかっているというのであった。逃げ道は既になかった。しかしそれでも杏奈は言う。逃げはしなかったがあがくのであった。
「そうかしら」
「そうかしらって」
「そこでこう言うの」
「言うわよ」
 開き直りの言葉に他ならなかった。しかしそれでも言うのだった。
「だから。私はね」
「はい、私は」
「どうなの?」
「彼女よ、彼の」
 完全に開き直って言ってみせたのだった。
「それだったらね。嫌いだと思う?」
「言うわねえ、また」
「開き直って逃げずに」
「正面突破ときたのね」
「言うわよ。とにかくね」
 さらに言う彼女だった。
「試合に勝ったし。お祝いしてあげないとね」
「はいはい、おめでとう」
「祝福はしてあげるわ」
「それはね」
 このことには笑顔で返す彼女達だった。何はともあれ彼は試合に勝った。そうしてリングから降りた彼はどうかというとである。
「やあアンニーナ」
「だからアンニーナじゃないでしょ」
 会場の外で待ち合わせていた。ここで裕典はそのイタリア調で声をかけてきたのである。
「何でその名前で呼ぶのよ」
「だからイタリアなんだよ」
「それが駄目なのよ」
 やり取りはいつもの通りであった。
「ここは日本なのよ」
「けれど俺の心はイタリアにあるから」
「全く。そんなことばかり言って」
「それなら。そうね」
 そんな彼の言葉を受けてである。彼女は言うのだった。
「わかったわ。お祝いはね」
「お祝いは?」
「イタリアンに行きましょう」
 それだというのである。
「そこでいいわよね」
「イタリアンというと」
「そう、パスタ」
「じゃあこれからパスタで」
「祝勝よ。いいわね」
 彼にそれを問う。
「嫌なら他のでいいけれど」
「とんでもない」
 これが裕典の返答だった。

[8]前話 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ