第五章
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第五章
「あの顔がね」
「じゃあ普段の顔は?」
「そっちはどうなの?」
「それはそれでいいのよ」
それもいいというのである。
「どちらもね」
「何かそれって」
「おのろけ?」
「そうよね」
皆それを聞いて口々に言う。どう見てもそれであった。
「杏奈って案外」
「のろけるタイプだったの」
「彼氏に」
「のろけてないわよ」
自分ではこう言うのであった。
「別にね」
「いや、のろけてるし」
「見たらわかるから」
「言い逃れできないわよ」
それはもうわかっているというのであった。逃げ道は既になかった。しかしそれでも杏奈は言う。逃げはしなかったがあがくのであった。
「そうかしら」
「そうかしらって」
「そこでこう言うの」
「言うわよ」
開き直りの言葉に他ならなかった。しかしそれでも言うのだった。
「だから。私はね」
「はい、私は」
「どうなの?」
「彼女よ、彼の」
完全に開き直って言ってみせたのだった。
「それだったらね。嫌いだと思う?」
「言うわねえ、また」
「開き直って逃げずに」
「正面突破ときたのね」
「言うわよ。とにかくね」
さらに言う彼女だった。
「試合に勝ったし。お祝いしてあげないとね」
「はいはい、おめでとう」
「祝福はしてあげるわ」
「それはね」
このことには笑顔で返す彼女達だった。何はともあれ彼は試合に勝った。そうしてリングから降りた彼はどうかというとである。
「やあアンニーナ」
「だからアンニーナじゃないでしょ」
会場の外で待ち合わせていた。ここで裕典はそのイタリア調で声をかけてきたのである。
「何でその名前で呼ぶのよ」
「だからイタリアなんだよ」
「それが駄目なのよ」
やり取りはいつもの通りであった。
「ここは日本なのよ」
「けれど俺の心はイタリアにあるから」
「全く。そんなことばかり言って」
「それなら。そうね」
そんな彼の言葉を受けてである。彼女は言うのだった。
「わかったわ。お祝いはね」
「お祝いは?」
「イタリアンに行きましょう」
それだというのである。
「そこでいいわよね」
「イタリアンというと」
「そう、パスタ」
「じゃあこれからパスタで」
「祝勝よ。いいわね」
彼にそれを問う。
「嫌なら他のでいいけれど」
「とんでもない」
これが裕典の返答だった。
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