黎明の光が掃う空に
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けなかったわけがない。ぐるぐると巡る思考の中、何を話していいか分からなかったのだ。
「ねぇ……」
不意に上げられた声に動じることは無い。秋斗はただ、無言で続きを待った。
「なんで知らない他人なんかにここまでするの?」
記憶を失ったなら、夕の事も明の事も、何も覚えていない。洛陽で助けて欲しいと言ったから助ける……それなら理解出来るが、それさえ知らない今の彼が自分達の為に効率を捨てる意味が分からなかった。
そも、憎しみを宿した眼を向けてさえいたのだ。自分達袁家が彼の記憶を失う発端となったのだろうから当然かもしれないが、やはり自分達の為に危険な賭けに出る彼はわけが分からない。
「……俺がそうしたいから」
「だからなんで?」
曖昧にぼかそうとする彼は記憶や情報にある者と一致する。聞き返せばまた沈黙が少々。明の心には苛立ちが湧き立つ。
「田豊がこれからの曹操軍には必要だからだ。袁家を動かせる程の才能を無くしちまうのは惜しいし――――」
「そういう答えを求めてるんじゃない!」
犬歯をむき出しにして、明は顔を上に向けて彼を睨みつけた。
合わせられる目が細まり、ふい……と彼は視線を逸らす。
「……お前達二人は前の俺を知ってるんだろ? なら、手に入れたら記憶が戻るかもしれないじゃねぇか」
「自分の為?」
「ああ、俺は黒麒麟に戻りたい……それだけだ」
感情を挟まない声音に、違和感が一つ。人の心の機微に聡い明に彼の嘘を無抜けぬはずがない。
真実半分……さらには全てを言ってない。だから嘘じゃないなんていうのは、彼の使いそうな手段だと明は思った。
「嘘だね」
「……」
ぴしゃりと言い切ると、彼が視線を合わせた。
細められる片目が不快感を露わにし、舌打ちからは苛立ちが伺えた。
「ホントのこと言いなよ。そんな人じゃないって知ってるし」
「は……何処まで知ってんだか」
「分かるもん。秋……晃兄はどんなになってもイカレてんだから」
「めんどくさいから秋斗でいいよ」
「……じゃああたしも明でいい。話逸らさないで」
記憶を失っても軽々しく真名を許しているのは異端である彼らしい。死地になるかもしれない戦場に無茶を推して赴くのも彼らしい。バカげた行動をするのも、意味が分からないのも彼らしい。
判断材料は幾らでもある。それでなくとも、記憶を失ったとしてもこの男は同類だと明の感覚が告げている。
「誰の為? 自分の為だけでなんか動けないでしょ? あー、待って」
言いながら僅かに引っ掛かりを覚えた。彼が記憶を失ったのは徐州からこっちで間違いない。大きな衝撃があったなら……郭図に追い詰められた時以降。
順番に並べ立てて行くと答えが見える。華琳はあの子の笑顔の
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