無風景
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今日もとりあえず筆を持つ。
キャンバスは白く、埃が少しかぶっていた。
画材はあるが、画が無い。
描くにふさわしい、画が出てこないのだ。
無駄に残る画材を見下ろす。
綺麗なほどに、色がない。
白や黒を色とすれば、無くはない。
横に並べられた画材に、青や赤は無い。
いや、恐らくあるだろう。しかし見えないのなら、無いのと同じようなものだ。
寒さからコーヒーを口にする。
今の窓から見えるのも、冬の寒空しかなかった。
昔見た赤レンガの家や緑色の屋根は、全てモノクロ映画のようになって見えていた。
……全部映画だったらいいのに。
しかし当然映画ではない、私が共感覚ではない限り。
むしろ共感覚だったのなら、色が見えていたかもしれない。
今日も筆は持って置かれて終わりそうだ。
そんなに無駄に一日を過ごすなら、次の日にでも捨ててしまおう。
自分にそう、ある種の脅しをしたのだった。
昔から絵を描くという事が自分にとって好きな事であり、そして人に見せられる自分の個性だった。
ただ、時間と障害が渡し私から色を奪っていった。
私はこの個性まで失くしたくはない。
だからこそ、この脅しだった。
賭けなのだ。
今まで風景を描いてきた自分。
もう色のある風景は存在しない。
それならば、無い風景を描けばいいのだ。
この世の誰もが見た事のない、風景を描いていけばいいんだ。
そうすれば、誰にも指されず、そして個性を失くすこともない。
私はその無駄にある画材を見下ろす。
今となっては、この無駄にある画材に感謝したくなるくらいの気持ちだった。
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