コヨミフェイル
009
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「黄泉蛙」
怒りが収まった忍はそう切り出した。
「駄洒落のような怪異じゃな。まあ、怪異は元々駄洒落にのようなものじゃしのう」
蛙。
両生類無尾目の総称。
体は短く、尾はない。後肢が発達していて跳びはねるのに適した構造に変化している。舌を出して獲物を捕らえ、口に引き込む。
「『蛙は奈良時代からその鳴き声で親しまれて歌に季語として、そして歌語として歌われてるんだよね。そう、かわずだね。まあ、厳密に言えば、かはづなんだけど。それはそれとして、忍ちゃん、フレンチクルーラーがいいかい?それともポン・デ・リングかな?』」
似ても似つかない口まねで忍は言った。
これはだんまりを決め込んでいた忍が忍野と例の廃墟で暮らしていたときに忍野がのべつ幕無しに忍に聞かせた怪異の知識の一部である。以前にも忍の記憶に力を借りたことがあるが、どれも台詞までは覚えていなかったはずだった。忍野が好物のゴールデンチョコレートを買ってこなかったことを根に持っているらしい。
なかなかに執念深かい。
五百年も生きているのに器が小さい。
「まあ、それは別にどうだってよいのじゃが、全くとして根に持ったらんのじゃが」
と、どこからどう見ても、見るからに不満たらたらな前置きをして続けた。
「古今和歌集の仮名序に出てくることからどれほど蛙が親しまれてきたのかは自明じゃろう。―『花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける』―じゃな。万葉集にもかはづが含まれておる和歌が何首も収まっておるそうじゃ」
確か万葉集は奈良時代の終わりにできたんだっけか。
その万葉集に収められているということは奈良時代、もしくはそれよりずっと前から歌語として使われていたことがわかる。僕を含めた現代人がどう思うかは別にして昔の人は惹かれるほどに蛙の歌声が綺麗に聞こえたのだろう。
「にも拘わらず、蛙に纏わる説話は少ない。いわんや怪異についてはなお少ない。お前様には蛙とは言われても思い付く怪異はおらぬじゃろう?」
まあ……ないな。
怪異に限らず、蛙の出てくる昔話も寡聞にして知らない。
「強いて言うならば、大蝦蟇ぐらいかのう。文字通り巨大な蛙の怪異じゃ。知名度は無いに等しいがのう。それより知名度が低いと言えば、黄泉蛙の知名度が、存在力がどれほど低いのかわかるじゃろう?そのためか黄泉蛙は不死身であり、不死身でない怪異じゃ。存在力とともにアイデンティティも稀薄じゃ。名前から転生を思わせるが――転生はせんし、殺されれば、死ぬ。じゃが、殺されない限り、生きつづける。じゃから不死身であり、不死身でない。不老じゃが、不死じゃない。なんとも中途半端なアイデンティティじゃな」
転生。
その言葉は僕にある怪異を彷彿とさせる。
不死鳥、怪
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