漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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て立っていた。
駅舎を出て、後ろ手で戸を閉めた。
「どうしたの」
木人形は静かに踵を返し、ウラルタを、彼女が水筒を置いた方に導いた。屋根と床の間に、雨音が響いていた。白い息を吐きながら、ウラルタは水筒を置いた場所にたどり着いた。
「溜まってないじゃない」
水筒を拾い上げる。木人形は別の方向を見ていた。腕を上げ、暗がりを指さした。
ウラルタは目を凝らした。目が慣れるまでに時間がかかった。
木人形は、駅と町の入り口を繋ぐ桟橋を指していた。
あっ、と声をあげた。
桟橋の手すりとなっている片側のロープが、切れて海の中に消えていた。橋自体が斜めになっている。駅と桟橋は今にも分離しそうだ。
ウラルタは今すぐにでも、自分だけ走って町に逃げこみたかった。その衝動を堪えて駅舎の戸を開けた。
「出てください」
何人かが顔を上げた。
「桟橋が壊れそうです。危険です」
そして耐えきれず、我先に桟橋まで走った。
壊れていない方の手すりを両手で掴んだ。恐る恐る橋に足をかけると、予想よりはしっかりした支えが橋の下にあるのを感じたが、ウラルタの体重で手すりは海に向かって大きく傾き、心細かった。
横歩きで町に向かって歩き出すと、何人かが事態を把握して、同じように桟橋を渡ってきた。桟橋がさらに、海に向かって大きく傾いた。
幸いにも桟橋は短かった。ウラルタはすぐに町にたどり着いた。しっかりした床に立つと、恐怖で体中の力が抜け、四つん這いで水辺から離れた。
駅舎を出た人々が、二人、三人と、次々に町に到達する。十人ほどがまだ駅に取り残されていた。
その人々が、ほとんど間隔を開けず桟橋を渡り始めた。床板が、耐えきれず、大きく傾いた。人々の足が海に接し、皆大声をあげ、古いロープにしがみついた。
ロープが切れた。
悲鳴があがった。
何人かは自力で町に泳ぎ着いた。先に町に避難していた人々が、彼らに手を貸して引き揚げた。
ウラルタはまだ呆然とし、動けなかった。
大波が来て、海に浮く人々の頭を洗った。海藻交じりの、緑色で、臭いにおいがする波だった。その波はウラルタにも飛沫を浴びせた。
町から分離した駅が、波に乗って揺れて、為す術なく流されてゆく。
駅が遠ざかった為に、遮られていた外の光が届き、視界が明るくなった。
駅の縁に、あの木人形が立っていた。
まだ海に浮く人々に、先に避難した人々が備え付けの浮き輪を投げる様子を、立って見ていた。
木人形の目から蜂が出てきた。蜂は活路を探すように、ぶんぶんと飛んだ。けれど、大粒の雨と風にさらされて、すぐに木人形の目に戻った。
木人形と蜂は、ウラルタを見つめ続けた。
遠ざかってゆく。
ウラルタも見つめ返した。
駅舎が折り重なる雲と黒い海が接する彼方に吸い
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