漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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る。駅の上を回っているのだ。
「去らんな」
誰かが呟く。
「人を探しているのかもしれん」
私のおじいちゃんは、あんな風に泣かなかったとウラルタは思い返す。あの日、おじいちゃんが迎えに来た時、私は。私は。
「早く夜に行けばいいのにねぇ。ここには何もない」
老婆が憐れむように言った。
「どうしてあいつらは夜に行くんだ?」
「夜にはネメスがある」
ウラルタの心臓が強く脈打った。
「ネメスの大聖堂図書館には、腐術の魔女が住んでおる。その魔女のところに行くという」
「作り話じゃねえか。ばあさん、それ、古い劇のお話だぜ。本当の事じゃない」
若い男の言葉に、老婆は一旦黙った。死者は空で泣き続けていた。また吐きそうになった。頼むから、死者に黙っていてほしかった。
「よほどの未練があるんだねぇ」
老婆が言う。
「自殺者かもしれんねぇ」
自殺。その一言が、重く心にのしかかった。
水相では、自ら命を絶った人間は、また人間としてこの水相に生まれてくる。何度も輪廻を繰り返すのだ。ただ漂流するだけの人生を。夜から逃げるだけの人生を。死なないように生きるだけの人生を。
生への未練から。やり遂げられなかった事への未練から。
未練。
ウラルタは腕を抱き、その腕に爪を立てる。私に未練はない。家族もいない。友もいない。希望もない。
それでも、自ら命を絶てば必ず、未練からこの世界に再度生まれるという。
何への未練だというのだろう。それでも、何かをする為に、もう一度生まれたいと願うのなら、それは何なのだろう。ウラルタには不思議だった。
生きる意味があるなら。私たちが、何かをするために生まれてきたというのなら。間違って生まれてきたのではないのなら。ただ産み落とされたのではないのなら。どこか高い世界から、落ちてきたのではないのなら。
私は希望を探さなければならない。
「ネメスには死者を慰める術や、木を操る術があった。死者たちが滅亡したネメスを目指しているとしても、おかしくはなかろう」
と、別の老人。
「木を操る術?」
「外の人形を見ただろう。あれだ」
「ネメスが滅んだのは陸が消えてすぐだと聞くぜ。そんな昔からあれが動いてるって?」
「そうだ」
老人のしゃがれた声を、ウラルタは耳に意識を集中して聞いた。
「ネメスは木を操る術で栄えた。木は四六時中働いた。木は戦争にも行った。木は人間がわけもなく虐げ、壊しても、人間に尽くした」
誰かが駅舎の戸を叩いた。部屋中が沈黙した。
また叩いた。
死者の泣き声が、その音に紛れて聞こえた。
「生きている人間なら、勝手に入ってくる」
老人は、震える声で言った。
ウラルタは静かに立ち上がった。誰もが背を丸めている。戸を開けた。木人形が虚ろな目と虚ろな口を開け
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