第六章
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第六章
その中において。彼女はある時投げられて起き上がってから言うのだった。今は柔術の稽古をしていた。周りには深田の門弟達がいた。
「参りました」
「動きが凄くよくなっていますね」
「そうでしょうか」
起き上がったところで彼の言葉に答える。
「動きが」
「はい、よくなっています」
また言う彼であった。江戸でその強さを知られたかがりを寄せ付けないとは思えないまでに穏やかで優しい微笑みを浮かべていた。
「今まではです」
「今までは」
「何か勢いで突進し向かって来る相手を叩きのめすものでした」
「それが違ってきているのですが」
「流れるようなものになっています」
そうなってきていると。かがり自身に話すのである。
「自然に従いそのうえで、です」
「そうなのですか」
「御自分ではまだ気付いておられないだけです」
それだけだというのだ。
「ですが」
「変わってきているのですね」
「はい」
その穏やかな笑みはそのままである。
「そうなっています。ですから動きが自然になってきています」
「そうですか」
「はい、それでなのですが」
「それで?」
「お腹が空きませんか」
こんなことを言ってきたのであった。
「そろそろお昼にしましょう」
「お弁当なら持って来ていますが」
「いえ、かなり身体を動かしましたので」
「他にもですか」
「はい、味噌汁を作っておきました」
それとだというのだ。
「それを食べましょう」
「お味噌汁ですか」
「門弟達が持って来てくれたものでして」
「この方々がなのですね」
「そうです」
彼等の方を振り向いたかがりに対して答えた。
「それと家の畑で採れた野菜も入れまして」
「何か美味しそうですね」
「ええ、いいものですよ」
武士にしても家で畑を持っていたりした。実際のところ武士というものは殆どが貧しかった。内職に励まざるを得ない武士なぞ珍しくはなかった。実際のところかがりの家である梅井家にしても五千石と聞こえはいいがそれでも内情は質素倹約に五月蝿く苦労に苦労を重ねているのである。これは大名家はおろか将軍家ですら同じなのだった。江戸幕府はその強固な統治組織とは見事に反比例して極めて脆弱な財政基盤であった。
「ですから。それもどうでしょうか」
「そうですね。宜しければ」
「御一緒して頂けますね」
「喜んで」
満面の笑顔で答えるかがりだった。その笑顔はまさに天真爛漫な少女のものだった。
「御願いします」
「はい、それでは」
こうして彼女はその味噌汁も御馳走になった。そんな日々を過ごしていた。そうして一緒に過ごすうちにだ。何時しか彼にこんなことを言うのであった。
今度は弓術を競っていた。深田の道場にはそうした場所もあるのだ。そこでそれ
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