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Lirica(リリカ)
漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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る必要のない世界なら、あるいは私に生きる価値がないのなら、一体どうして、何の間違いで生まれてきたのだろう。
 間違いで、生まれてきた。
 世界に希望がないのなら、そう認めなければならない。
 嫌だ!
 ウラルタは胎児の姿勢のまま、前髪を掴んで思い切り引っ張った。波が床下を打ち、その音は部屋から逃げ出そうとして、窓にぶつかり、霧に阻まれて、部屋に閉じこめられ木霊する。
 波が怖かった。
 ウラルタは逃げようと思った。
 起きて、外套をまとった。風が強かった。木の道を、深い霧の中、風に外套をはためかせて歩いていると、何とも言えぬ壮絶な気分になった。
 葬儀局にたどり着いた。
「来てください」
 黒い門に取りつけられた呼び鈴を鳴らし、返事も待たず言った。
「祖父が死にました」
 眠った。それから眠り続けた。眠りながら葬儀に出た。眠りながら弔辞を述べた。眠りながら各種手続きをした。眠りながら、祖父を乗せた戸板が潮流に乗って夜に向かって流されていくのを、葬儀船から見た。眠りながら家に帰った。眠りながら、更なる眠りにつくべく横たわった。
 永遠に目覚めぬ事を望んだが、目を開ける時が来た。霧が晴れていた。そういえば葬儀の時にはもう霧が晴れていたような気がするが覚えていない。
 終わらない夕闇の中で、青白い光が、何もないのにやたら折れ曲がりながら空に留まっている。
 誰かが、道を歩いてくる。
 まだ姿も見えないし、足音も聞こえない。でも気配がわかる。何故わかるのかわからない。けれど確かにわかった。
 果たして誰かが、ドン、ドンと、家の戸をゆっくり叩いた。ウラルタは目を開けたまま、茜に染まる天井を見ていた。
 ドン、ドンとまた音がした。ウラルタは瞬きした。人が訪ねてくるような心当たりはなかった。誰かが自分の思い違いを正しに来たのかもしれなかった。あの飛んでいるのは、お前の祖父だよ、悪しき死者になって飛んでいるのだよと教えに来たのかもしれない。
 ウラルタはのろのろと起きあがって、ガウンを羽織った。何が来たとしても、それを受け入れよう。そうするしかないのだから。
「はい」
 台所を横切りながら、掠れた声で答えた。返事はなかった。ウラルタは鍵を外し、ドアノブに手をかけた。
 ぬるい風とともに、吐き気を催す潮の香と腐臭が入ってきた。
 夕闇に背を向けて、全身から海草を垂らし、青緑色に腐敗した死者が戸口に立っていた。
 ウラルタの口が、勝手に動き、「おじいちゃん」、その死者を呼んだ。



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