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Lirica(リリカ)
漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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の髭が短く生えているのだ。
 寝ている場合ではない。何かをしなければ。
 けれど眠くて動けない。
 ウラルタは眠気と自己嫌悪を払う物を求めて、ラジオに手を伸ばした。ダイヤルを回すと、潮の音が流れてきて部屋に満ちた。やがて声が聞こえてきた。
『――とりわけ私は一族の中でも早くに死んだため、腐乱の度合いときたらそれはもう……惨めな有様でございます。こうして家族で漂っていれば、そりゃあどこかの船団が、私たちを痛ましく思って拾って下さるかもしれません。しかし、私の夫や子供が船に引き上げられることがあっても、私はもうこの通り、触れるもの全てを死と腐敗で蝕む有様ですから、誰からも忌避されて、やがては潮流のゴミ溜まりに行きつくしかないのは自明の事でございます――』
 嫌な気分になってダイヤルを回す。ノイズの後、また声が聞こえるようになった。
『――僕はたくさんのお魚達に食べられながら、ずっとおうちに帰りたいと願い続けました。僕は真っ暗で、いろんな物が漂っていて、寒くてゴォゴォうるさい音がする水の中で、家はどの辺りかなぁ、どれくらい流されたのかなぁって考えていました。すると、僕を食べたお魚達が、引き網漁の大きな網にさらわれていきました。もしかしたら、僕は僕の食べられたところだけ、お店を通じておうちに帰れたかもしれません――』
 また暴れだしたくなった。生きている者の声を求めて、ノイズと潮の音だけが響くダイヤルを無為に回す。かちり。かちり。
『――すると間もなく舅が海面から顔を出しますから、私は櫂を振り下ろして、舅の頭に精一杯の力で叩きつけたのです。櫂が深く沈み、割れた果実の汁のように、血やよくわからない液体が潮の泡を染めました。私は舅を恐れておりましたから、とにかく夢中で櫂を振りました。我に返った時には、海面に舅の髪と背中が浮いており、舅は赤く染まる泡と共に流されていくところでした――』
 ウラルタは腹を立て、ラジオを切り、ベッドから払い落とした。
 祖父が翼を得て空を安らかに飛ぶ事はないとウラルタは知っていた。そんな正式な葬儀をしてやれる金はない。祖父は海を漂うことになる。
 ああ。嫌だ。嫌だ。
 ウラルタは顔を両手で覆い、胎児のように背中を丸めてすすり泣いた。ウラルタは十三歳だった。浅はかな少女だった。これからどう生きていけば良いのかまるで見当がつかなかった。何故生きていかなければならないのか。
 ウラルタは、もはや顔も覚えていない、イグニスの侍祭でありながらある日首に縄をかけて寺院の裏にぶら下がっていたという父のことを思った。呆然と暮らし、ある日夫を迎えに行くと言って家を出そのまま帰ってこなかった母を思った。
 両親は、生きている必要がない事を知ったから死んだに違いない。ならば私も死のう。
 ああ、それにしてもそれにしても、この世界が生き
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