漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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か、何か何か、自分が思うより重大な事であるはずだ。祖父が死んだという事は。
祖父は死んだ。死んだ。死んだ。
頭の中で何度か繰り返してみた。死んだ。死んだ。
それはどういう事で……祖父にもう会えない……一人きりになった。
それはどういう事なのだ?
突如として怒りが腹の底から湧き、炎となって頭頂まで立ちのぼった。ウラルタは透明な炎が己の身を焦がし、天井にぶつかり、天井をなめて広がり、四方の壁を伝い、床に降りてなお止まらず、足許に達する様子を見た。癇癪を起こして金切り声で叫んだ。
叫びながら、垂れ下がる白布をひっぺがし、くしゃくしゃに丸め、床に叩きつけた。椅子を蹴り倒した。桶から食器を一つずつ取り上げ、壁に投げつけて割った。
「何よ」更に叫んだ。「何よ」
この世で自分一人だけに理不尽な出来事が集中しているような気がしてならず、腹立たしかった。自分の部屋に駆けこみ、毛布にくるまった。そのままベッドを何度も殴り、それに飽きたらず、跳ね起きると、毛布を床に引きずり落として踏みつけ、枕を部屋の戸に投げつけた。
誰かが来ると思った。あの尊大で、それでいて卑屈で、押しつけがましく物を言う事に関しては天賦の才を持つ大人達の内の誰かが、声を聞きつけて来ると思った。そうあれと願った。大人達が正しいなら。大人達がその尊大な態度に見合う秘められた知恵を持っていて、祖父と自分をどうにかしてくれるなら。そうあれ。
誰も来なかった。
ウラルタはまた、自分の狂乱を冷静に観察している内なる自分を意識していた。冷静な自分は、狂乱が高まるほど冷静に、冷酷になっていった。そしてある瞬間、ウラルタは凍りついた。
祖父は死んだ。
葬儀をしなければならない。
自分の認識が間違っていないことを確かめるべく、もう一度祖父の部屋に行った。
どう見ても死んでいた。祖父は痩せており、目を閉じ、口を開けていた。顔は奇妙に青白く、灰色の髭が短く生えていた。ウラルタは祖父に失望した。死んだからだ。
しかし、誰かにそれを伝えに行く気にはなれなかった。それをしたら取り返しがつかなくなると思った。人を呼ぶより、葬儀を行うより、何か良い手があるのではないか。何か。
何も思いつかず、ウラルタは部屋に戻り、毛布も枕も直さずに、ベッドに横たわった。霧よりほか、見える物はなかった。
急にひどく眠くなった。ウラルタはそのままうとうとし始めた。半ば眠りながら、どうしたら祖父の死を悼む事ができるだろうと考えた。自分は間違っているのではないか。何か重大な勘違いをしているのではないか。祖父の死が悲しくないのは、それが祖父の死ではないからではないか。祖父の部屋に行って確かめてみようか。いいや。今更確かめなくてもわかる。痩せていて、目を閉じ、口を開けているのだ。顔は奇妙に青白く、灰色
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