漂流民―水相におけるイグニスからネメス―
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ろで、落ちてきた何かに集った。
「こりゃあ、……さんの娘さんのペンダントじゃねえか」
潮風に痛めつけられた老人の喉が掠れた声を出す。
「こんな事、……さんにどう言えば」
「言わんでいい。何も言う必要はねぇんだ」
そして空を、翼工場から解き放たれた新しき良き死者たちが、手足をだらりと下げて飛び去っていった。
※
その日は霧が濃かった。目覚めた時既に、窓の向こうには霧以外の何も見えなかった。板張りの道も、向かいのあばらやも、その隣のあばらやも、ウラルタの家もまたあばらやであることを証す、形ばかりの低い垣根も。みな、冷たい白い炎の中で、燃え揺らいでいるかのようだった。むしろ家の中に霧が存在せず、この室内が明瞭に見える事のほうが不思議に思われた。
とりわけ明瞭に見えたものが祖父の死だった。
白布で仕切られた祖父の部屋へ行き、ただ一人の家族が冷たい骸となりて横たわる様子を見た時、ああ、死んだ、と、ウラルタは何となく思った。祖父は痩せており、目を閉じ、口を開けていた。顔は奇妙に青白く、灰色の髭が短く生えていた。
ウラルタは突っ立ったまま祖父を凝視した。
悲しくはなかった。
私は薄情だ。きっと本当は人間ではないと、そう思った。
ふと思いついて、祖父が横たわるベッドにそっと腰掛け、また凝視した。
祖父は痩せており、目を閉じ、口を開けていた。顔は奇妙に青白く、灰色の髭が短く生えていた。口を閉ざしてやらねばならぬ。いつまでもみっともない表情では、祖父がかわいそうだ。
葬儀をせねばならぬ。
人を集めなければ。
人が集まってくる前に、祖父の口を閉じさせようとウラルタは考える。しかし実際には、指一本動かない。口くらい自分で閉じればいいんだ。
「おじいちゃん」
起こせば自分で口を閉じるだろうとウラルタは考える。
「ねえ」
祖父は痩せており、目を閉じ、口を開けていた。顔は奇妙に青白く、灰色の髭が短く生えていた。
わかっている。わかっている。そんな様子を何度も観察して何になる? 何かを、何かをしなければならぬ。
何かを。
そうだ。
葬儀を。
人を呼びに行くなら、その前に家をきれいにしなければならない。
ウラルタは昨日食事をしてそのままの食器を、潮水を溜めた桶に運んだ。それから箒をとり、床を掃き始めた。部屋の片隅を僅かに掃いただけで、その動作を止めた。
こんな事をしている場合じゃない。何か。何か。もっと重要な事をしなければならぬはずだ。
箒を片付け、困惑して祖父の部屋に戻った。
「おじいちゃん」
祖父は痩せており、目を閉じ、口を開けていた。顔は奇妙に青白く、灰色の髭が短く生えていた。
いやいやいや。いや、違う。それは何度も確かめた。問題なのはそこじゃない。だけどそれは何
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