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或る皇国将校の回想録
第四部五将家の戦争
第五十五話 朱に染まる泉川(上)
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と公平に武勲を分け合うのみよ」
 相手はアラノック中将、人としての評判は決して悪くない、そして無能でもない。
確固たる派閥の後ろ盾を持たずともけして大崩れしない常道の戦術を巧みに組み立て、兵を統率し、勝利を積み立て、中将の位を勝ち取った円熟の将軍である。誰からも恨まれず、権力闘争から巧みに距離をとってきた手腕も政治的無能から程遠い事がわかる。帝都で政略を練る将軍らに近しい者達と並べても早くもないが遅くもない昇進だ。
ただ武勲を分かち合うのが目的でありユーリアとの軋轢を避けたい〈帝国〉本領軍と軍事総監部の思惑に合致したからこその人選だろう。
ありがたいものだ、とフリッツラーをはじめとする第15師団司令部も歓迎の空気を示していた。

「蛮軍の主力はこの先の都市周辺に陣地を築城しております。我が軍のみでは率直に申しまして砲兵戦力が不足しており、迅速な突破は困難です」

「貴官の師団に騎兵が見当たらないようだが」

「はい、閣下。龍口湾にて北方に展開していた軍が東沿道の港湾に集結しています。こちらに兵力を向けて追撃にあてており、我々は包囲にとどめておりました」

「成程。ユーリア殿下から貴官の第15師団は後退し、補充と再編成に移るように命令が出ている」
 アラノックの傍に控えていた痩せぎすの男が丁重な手つきで帝室の紋章付命令書を手渡した。
「北方の皇龍道を第五東方辺境領騎兵師団が担当する、史沢以西――龍前と龍後というのだったな――その二地域以西全域の追撃は我々が引き継ぐ。貴官の兵もしばし休ませてやるがよい」



 第15師団との折衝はまずまず上手くいったといえる。本領軍といえども帝族率いる部隊の将官と無用に揉める真似は当然慎む必要がある、そもそもアラノックからしてそうした主導権争いを好む性質ではない。軍の指揮系統に従えばよいと思っていた。

「どう見る、ラスティニアン」
 そうした調整に関してはラスティニアンに任せている。
ラスティニアン自身はアラノックと異なり、爵位も血筋も怪しい貴族と呼ぶことが辛うじて許されるような家に生まれ――つまりそこらの商店主の方が楽に暮らしていけるような懐事情の家だ――軍歴に苦労を重ねながら弟妹をどうにか相応以上の生活ができるように育て上げた男である。
 人としての評判は悪く、後ろ暗いこともこなしてきた男であるが、参謀としても軍官僚としても優秀であった。

「蛮軍の消耗戦に付き合う必要はありません、迅速な追撃戦こそが我らの使命、ここで敵の構想に乗らないことが上策です。独立騎兵旅団と健脚の第24師団はこのまま東沿道と龍岡方面の追撃に回しましょう」

「うむ、だが捨て置くわけにもいくまい、数は二万超、龍口湾でも東方辺境領軍とシュヴェーリン相手に互角に競り合っていたのだ、このま
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