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剣の丘に花は咲く 
第十四章 水都市の聖女
第四話 理想の王
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ら、王は殺したのでしょう。国を、民を救うために自分の心を……そして、王は“理想の王”となった」
「理想の、王」

 『理想の王』
 素晴らしく、とても良い言葉だ。
 なのに、何故―――こうも寒気が感じられるのだろうか……。
 忌まわしい事のように、背筋に怖気が走るのだろうか……。

 何故?

 どうして?

 ……そんなのは分かりきっている。

「戦にあっては必ず勝利し、治世にあっては公正公明である王。民が、臣下が、誰もが望み、理想とする王」
「そんなの……」

 有り得ない。
 出来るはずがない。
 人間に、そんな事が出来るはずがない。
 不可能だからこそ、決して届かないからこその理想なのだから。
 目指すことは出来るだろう。
 近づくことは出来るだろう。
 しかし、至る事は不可能だ。
 何故ならば、戦であっても、治世であっても必ず何処かに犠牲が生まれる。
 常に最善の方法を取ったとしても、何処かに犠牲は生まれてしまう。
 一度ならば、二度ならば耐えられるだろう……しかし、何時かは限界が来る。
 迷いが生じてしまう。
 何故ならば、王であっても心があるからだ。
 心があれば、情がある。
 情があれば、迷ってしまう。
 例えば、千の顔も知らぬ民を救うため、苦楽を共にした友を死地へと送らなければならねばならぬ時。
 例えば、密やかな思い人がいる村が死病に侵されてしまい、封鎖し燃やし尽くさなければならぬ時。
 例えば……例えば……例えば…………。
 一秒でも判断が遅れれば、手遅れになってしまう。
 そんな時でさえ、迷わずに最善の策を取れる。

 もし、そんな王がいたとしたならば、それはヒトではない。

 でも―――だからこそ、そのために王は自分を殺したのだろう。

 民の、臣下の望む“理想の王”となるために。

 自分()―――を。
 

「っ」
「長く続く戦に疲弊しきった民草の救済のために、王は戦った。そして、内外の戦乱を駆け抜け、その全てに勝利し王は滅びの淵にあった故国を救い平和をもたらした」

 鋭い痛みが走った胸を抑え、口から漏れそうになった悲鳴を咬み殺す。
 その傍で、淡々と物語は続く。
 素晴らしい王の物語を。
 悲しい生贄の話を。

「しかし、その平和も長くは続かなかった。内乱が起こったのだ。あることが切っ掛けに、共に戦場を駆け抜け、硬い友誼を誓い合った騎士たちが二つに割れ。円卓の騎士と詠われた誉高き騎士たちが、争い、傷つき、そして死んでいった」
「……」

 ずきずきと痛む胸を抑えながら、滲む視界の中、金の語り手を見つめる。
 遠い、遠い手の届かなくなった彼方を思うように、細めた瞳で物語を語っていた語り部が顔をこちらに向け。

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