第十四章 水都市の聖女
第四話 理想の王
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えるのかさえ……忘れて」
「……」
「分かっていたはずなのに、知っていたはずなのに……自分の浅はかな行動で、一体どれだけの人に悲しみを、苦しみを与えるのか……」
胸に当てた手をぐっと握り締める。
「なのに……変わっていない。あの頃のまま……」
アンリエッタの脳裏に去来するのは過去の記憶。
復讐のため兵を上げ、結果多くの悲しみと苦しみだけを残すだけとなった記憶。
「自分の感情に振り回されて、一体どれだけの人が死んでしまったのか……分かっていたはずなのに……」
小刻みに身体を震わせるアンリエッタは、じっと黙って話しを聞いていたセイバーに揺れる瞳を向けた。
今にも泣きそうな、笑っているようにも、苦しんでいるようにも見える奇妙な苦笑いが、アンリエッタの口元に浮かぶ。
「こんな自分が、人の上に……王であることは……間違っているのではと……」
「それは違う」
「え?」
自己嫌悪に塗られた言葉を、涼やかな声が切り裂く。頬を張られたかのように、アンリエッタが目を見開きセイバーを見る。
「ち、違う、とは?」
「それを判断するのはあなたではない」
首を横に振るセイバーにアンリエッタが一歩にじり寄る。
「わたくしでは、ない? ……な、なら、大臣なのでしょうか」
「いいえ」
「あっ、民衆ですか?」
「違います」
「じゃ、じゃあ―――」
「アンリエッタ」
「っ」
声を上げる度に一歩一歩前へ、セイバーに近づいていたアンリエッタの足がピタリと止まる。セイバーの、波一つない湖面のような―――それでいて底知れない深い瞳に見つめられ、知らず胸が騒めく。
「“王”を否定する事が出来るのは、臣下でも民でもありません。まして学者や占い師であるはずもない」
「なら、何なのですか。一体誰が、それが出来るのですか?」
「―――未来」
「え?」
それはアンリエッタの想像していたモノとは全く違った答えであった。
あやふやであり、明確な形ではないその答えに、アンリエッタは顔には出さなかったが、小さな不満を抱く。
「“今”が“過去”となり、“歴史”となった後、遥か遠い“未来”の誰かが決めることです」
「未来、ですか」
「はい。全てが終わり。何もかもが過ぎ去った後、未来の誰かがそれを決めることでしょう」
答えの先送り―――それは楽であり救いでもある。
しかし、それは出来ない。
したくはない。
だから、アンリエッタは疲れた笑みを浮かべ、苦い声で告げた。
自分が未来の誰かにどう語られるのかを。
そう、きっと自分は―――。
「……なら、きっとわたくしは稀代の暗君として語られるでしょうね」
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