アインクラッド 後編
春告ぐ蝶と嵐の行方 3
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それなのに、こんなところまで訪ねてきていただいて……むしろ、余計なことをしちゃったんじゃ……」
言いながら、わたしの思考は先ほどまで頭の大部分を占領していた一つの悩みにぶつかって、口から発せられる声は、徐々に小さく掠れていった。それを見て、対面の二人は驚いたように顔を見合わせる。
俯きながら、ソファに腰を下ろす。膝の上で、衝撃に備えるように、両手と両目をぎゅっと瞑った。
何をしてきたのかは、分かっていたつもりだった。それなのに、次にぶつけられる言葉が、怖くて怖くて仕方がなかった。
――しかし。
「……いいえ。そんなことはありません」
次に聞こえてきたタカミさんの声は、驚いてしまうくらいに滑らかだった。びっくりして顔を上げると、わたしを見つめていた二人の顔には、さっきまでと何にも変わらない、穏やかな笑顔が浮かんでいて。
「エミさんが一体何を悩んでらっしゃるのかは、私たちには分かりません。でも……私は、エミさんのおかげで、つまらない意地を捨てて、愛する人と一緒になれたんです。だから、受け取ってください。『自分の本心をちゃんと相手に伝えることが、何よりも大切なんだ』って、今回のことで、痛感しましたから。……本当に、ありがとうございました」
そう言って、優しく微笑みかけてくれた。
――「本当に、ありがとうございました」。
タカミさんの言葉が、何度も何度も繰り返されながら、まるで最初からわたしの身体の一部だったかのようにわたしの胸へ染みこんできて、そしてその一番奥で、心全体を温かく包み込んだ。
嬉しかった。わたしを、わたしの行動を、許容してくれたことが。感謝してくれたことが。
壊死していた体の一部に再び血が通い出したかの如く、身体じゅうをじんわりとした温かさが伝わっていくのが自分でも分かる。気付けば、受け止め切れなかった感情と言う名の温かさが、瞳から雫となって溢れ出していた。
「エミさん? 大丈夫ですか?」
そんなわたしを気遣ってか、ウォルニオンさんの心配そうな声が耳に届く。
わたしは人差し指で目尻を拭い、笑って答えた。今まで浮かべた中で、一番自然な笑みだった。
「いえ……何でも。何でもないんです。ありがとうございました」
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