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青い春を生きる君たちへ
第9話 ゼロ距離の彼岸
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だけだ。部屋のレイアウトが高田紫穂という人間を表しているようだった。綺麗ではあるが、豪華ではない、と言うのか……


「お口に合えば良いけど……」


程なくして、二つのティーカップを持った高田が戻ってくる。湯気のたつティーカップの中の茶色い液体は、芳しい香りを放っている。一口、口を尖らせながら啜ってみると、小倉には覚えのある味がした。


「……これ、マリアージュ・フレールじゃないか?」
「よく分かったわね」
「親父が好きだったんだよ。こんな高い輸入モン、よく一人暮らしの家に置いてるな。お前の実家、金持ちなのか?」
「いえ、それは……知り合いの大人が、私にくれただけよ」


その茶葉が入った缶をくれたのは「あの人」だった。良いものが手に入ったから、おすそ分けすると言っていた。「あの人」なら、海外のそういった嗜好品にも詳しくてもおかしくはない。何せ、元々海外で活躍していた人なんだから。意外なのは、小倉がこの茶葉の価値を知っていた事の方だ。大日本帝国政府は、海外ブランドを強く規制していて、この茶葉は個人輸入でもしない限り手に入らないのに。


「小倉くんの家は、こういうの、置いてるんだ」
「ああ、俺の親父、小倉スクリーン工業の社長なんだよ。ま、はっきり言って金持ちだな。たかがこんな茶っ葉海外から取り寄せる為に、銭を無駄遣いしても問題がない程度には」


小倉は憮然として、またティーカップを啜った。小倉が少し怒ったように見えたのは、これが初めてだった。口はけして良い方ではないが、小倉は飄々と相手を煽り立てるか、冷めて捻くれた視線をやるかのどちらかで、怒って見える事は無かった。高田は、さらに聞いてみる。


「お父さんの事、嫌いなの?」


こんな事、聞いてどうするというのだろう。高田が思った時には既に、口に出ていた。そして小倉が、その問いかけに答え始める。


「嫌いなんかじゃねえよ。ただ、多少負い目はあるんだ……俺、三男坊でさ。長男は今東大の経済、次男は東大の文一で、兄貴二人は勉強漬けだったのに、俺だけは好きに野球やらせてもらってたんだよ。野球以外に何の取り柄もねえバカ高の甲洋に行くのも許してもらった。で、そういう俺への配慮、期待、全部踏みにじって俺は今ここに居る訳だ。知り合いの校長に話して、松陽にねじ込んでくれたのも親父なんだよ。何で松陽を選んだかっていうと、俺に一人暮らしさせる為だったらしいけどな。多分、側にゃ置いときたくなかったんだ、こんな出来損ない……」


言葉がすらすらと出てくる。それも、自虐的な言葉ばかりが。もしかして、ずっとこんな事を考えていたのだろうか。この場で考えただけでは、ここまですらすらと、暗い言葉ばかり出てこないはずだ。それを今吐き出したという事なのか……
少し傷ま
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