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横浜事変-the mixing black&white-
横浜の街は殺し屋に対しても受け身のままだ
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同時刻 横浜マリンタワー

 円錐型に伸びる横浜マリンタワーには鮮やかなブルーが明滅している。その真下で、横浜ラジオ局が主催の生ライブの準備が行われていた。ここは普段、自然に富んだ公共の場なのだが、現在はマリンタワーを背後に大きなステージが用意されている。

 すでに大勢の観客が、ステージ前に作られた観客用スペースに詰め寄せている。彼らの賑わいに反して、スタッフは額に汗を込めてせかせかとステージの準備に手を働かせていた。

 そんな(せわ)しい表舞台を眺めながら、ミル・アクスタートは淡々とした調子で呟いた。

 「……これで、全部終わるのね」

 今の彼女はロックバンド『ヘヴンヴォイス』の衣装である白一色の特攻服に身を包んでいる。灰色の目を黒のカラーコンタクトで隠した彼女の顔は元来の無色を帯び、話しかけ難いオーラを放っていた。スタッフはステージ袖で舞台の準備と観客を見つめる彼女に軽くお辞儀して通り過ぎていくだけで、話しかけたりはしない。彼らはヘヴンヴォイスが堅気の人間ではない事を知らないが、ミル独特の雰囲気は事情など関係なく、居づらい感触を与えるのだ。

 だが本人は周りのそうした思いには気付かず、自分の殻に籠もっていた。

 ――私は一度自分を逃がしそうになった。けれど、この仕事を通じて私は今よりも『私』になれるかもしれない。

 ――人を忠実に殺し、無情なまでに徹底的な殺し屋に。

 これまでは、自分こそが殺し屋の代名詞だと自惚れていた部分があったかもしれない。しかし、そんなことはなかった。推量が生まれる以前に、自分は『人並みに笑えた』のだ。それはヘヴンヴォイスとして横浜の表側に立ったときに痛いほど思い知らされた事だ。

 幼少の頃から受けてきた殺人教育が無駄にしか思えなかった、横浜での生活。街からは歓迎されていたのに、それは無数の釘となって彼女の心に強く打ちつけた。まるで街がミル自身を取り込もうとしているかのように。

 それでも彼女は自分を捨てなかった。この街の日常に揉まれるのを拒否した。一度は自暴自棄になりかけたが、とある人物がきっかけを作ってくれた。

 ――あのとき『彼』との取引がなかったら、今ごろ私は自害していたかもしれない。

 自分を一介の殺し屋として見てくれた赤の他人である『彼』の顔を思い浮かべ、彼女は己の中にある信念をもう一度唱える。

 ――『彼』から貰った救いの手を逃がすな。私はまだ殺し屋になれる。任務を遂行し、そして自分を取り戻す。

 ――どっちも取るなんて身勝手な話だけど、それでも私はやり続けるんだ。

 ミルが心中で静かな喝を入れていたとき、やや後ろから声を掛けられた。

 「また頭が固そうなこと考えてるのか?」

 振り返ると、そこにはメンバーの
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