第八章
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今度は先生が黙ってしまう番であった。思いも寄らない話にキョトンとした顔になっていた。その整った形のいい顔が埴輪みたいになっていた。
「それじゃあ。いいですよね」
「駄目よ」
「えっ」
役がまた変わった。今度は康則が声をあげた。
「何で」
「何でって先生と生徒じゃない」
先生の返事は素っ気無いものであった。
「だから駄目なのよ」
「けれど転勤するんじゃ」
康則は少しムキになって反論してきた。
「そうしたら」
「馬鹿ね、先生はまだここの学校の先生なのよ」
「えっ!?」
この言葉には動きを止めてしまった。
「だって。まだ始業式の時の転勤の挨拶してないでしょ」
「あっ」
それを言われてやっと気付いた。康則は自分でも気付かないうちに焦ってしまっていたのだそして言うタイミングを誤ってしまったのであった。
「しまった・・・・・・」
顎が外れんばかりに愕然となった。机の上で固まる。けれど彼は運命の女神と恋愛の女神には捨てられてはいなかった。先生はにこりとして康則に言ってきた。
「もう一度ここでね」
「もう一度って」
「だから一学期の始業式の後よ」
先生はどうにも楽しそうな、嬉しそうな顔になっていた。
「また来て」
「それでここで」
「ええ、また言って。そうしたら」
「いいんですね、それで」
康則はようやくどういうことか頭の中でわかってきた。そして先生に確かめた。
「始業式の後で」
「いいわよ、けれど約束よ」
「はい」
その顔に急に生気が戻る。どういう事情なのかわかったのだ。
「それじゃあまた」
「始業式の後で」
二人はまた確かめ合った。
「ここで言ってね」
「はい、同じこと言いますんでその時は」
「私もここの先生じゃないから」
「お願いしますね」
彼はやったと思った。一生で最大の勝利を収めたような気持ちであった。それに満足感を覚えていた。そして先生と二人で部屋を後にしたのであった。
「それじゃまた」
「はい」
挨拶を交わして別れる。見れば先生の足取りは軽やかで何か鼻歌混じりですらある。どうやら告白されたことが内心とても嬉しいらしい。
「じゃあ俺も」
心がうきうきしてきた。年上の可愛い恋人。そのことを思うと嬉しくて仕方がなかった。春休みが終わるのが待ち遠しくて仕方がなかった康則であった。
小さな勇気 完
2006・8・8
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