第8話 草原
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かった。
殺風景な保管室で、島が壁にもたれて自分のロッカーを見つめている。彼が話しかけてこないので、クグチは躊躇いつつ通り過ぎて、自分の銃を取った。
「……どこに行くの?」
「巡回に」
ACJ社のロゴが印刷された、半袖の青いジャンパーに腕を通す。
「俺さ」
島が、もたれていた壁から背中をはなした。
「前言ったじゃん、俺、どうしても撃てなくて……」
「そりゃ人それぞれ向き不向きがありますよ。何もこの状況下で無理に撃ちに行かなくても」
「でも、やらなきゃ」
「その分俺が撃ってくるって言ったら?」
「駄目だ」
島は衣服のポケットから、震える手で鍵を取り出した。ロッカーの操作板に差しこみ、ぎこちなくボタンを操作する。
「今撃たなきゃ、永遠に撃てない」
彼のロッカーが開く頃には、クグチの出動態勢が整っている。
「俺も、後で行くよ」
「……そうですか」
顔を見せず、消え入りそうな声で、「先に行ってて」と続けた。
保管室を抜けた先に、もう一人、今まさに巡回に出ようとしている男がいた。
「岸本さん」
彼は単車に跨ったまま、ヘルメットのバイザーを上げた。
「どこに行く」
「巡回です」
「そんなもん見りゃわかるだろうがバカヤロウ。どの地区に行くか聞いてるんだ」
「わかりません」
クグチは軽く肩をすくめた。
「人々に動きが出ています。その先に行ってみようと思います」
「帰ってくるんだろうな」
息が詰まった。
それほど、岸本の問いを重く感じた。巡回路とか、予定時間とか、そういうことではない。もっと深いことを聞かれている。岸本自身も、自分が本当は何を尋ねているのかわかっていないのかもしれない。
帰ってこれるだろうか。この場所がこの場所である内に、自分を自分と呼べる内に、都市の浸食がちっぽけな自我とちっぽけな自己認識に及ばぬ内に、帰ってこれるだろうか。
「はい」
クグチは頷いた。
「定時までには、必ず」
十三班共有の単車のロックを解除し、ヘルメットをかぶった。岸本より先に支社の敷地を後にした。
帰ってきたい。
南紀を出る時にすら思わなかったことを、初めて思った。この仕事に、この日常に、この現実に、この毎日に、帰ってきたいと。
クグチは時折表通りの人の流れを確かめながら、枝道を走った。時折人とすれ違った。ふらふらさまよっているだけに見えながら、ちゃんと表通りの人と同じ方向へ歩いているから不気味だった。彼らが何に導かれ、何を目指しているのか、眼鏡をはめて確かめるつもりはなかった。ACJの社屋や仕事仲間から孤立した状態でそれを行うのは怖かった。
やがて表通りの人の流れは、都市を南北に貫く別の流れと合流した。人々がぶつかりあいもせず、さらに太い流れに合流し、一言も発しない様子を物陰
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