捨てきれぬ情
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ついてまで明らかにするべきか、彼は迷っていたのである。
件の昏睡事件の原因たる実験体である少年の生存を知れば、組織は間違いなく身柄の引渡しを求めてくるだろう。そうなれば、少年は破滅だ。良くて奴隷、悪ければその能力の解明の為に、生きたまま解剖され、標本にされる可能性すらある。いや、十中八九そうなるだろう。
これがある程度、いい年した大人だったら、卜部は迷いなくその生存を報告しただろう。なにせ、虚偽の報告がばれれば、己だけではなく愛する妻子まで危険が及ぶ可能性があるのだ。そんなリスクを背負ってまで助けてやる義理ははないのだから。
しかし、今回の相手は前世の記憶があるとはいえ、5歳になったばかりの子供であり、しかも完全な被害者だ。いくらダークサマナーに身をやつし、悪党を自認する卜部でも躊躇せずにはいられない。
さらに、卜部の根はお人好しであり、ダークサマナーというヤクザな稼業をやりながら、家庭を持っていること自体、彼が人としての情を捨て切れていない証左であった。ましてや、時期も悪すぎた。自身の血を継ぐ子供が生まれたばかりであり、どうしようもない感傷を抱かせる。何の罪もない子供の血で穢れた手で我が子を抱けるとは、彼には思えなかったのである。
実際のところ、悪党を自認し悪徳に身をやつす『卜部広一朗』という男は、悪党でありながら、人としての情を捨て切れぬどこまでも人間らしい中途半端な存在だったのだ。
「組織への義理・身の安全を考えるんなら、あの小僧を差し出すべきなんだろうがな」
「ウラベ様はそれをよしとされていないのですね……」
リャナンシーは、苦悩する主をどこまでも愛おしく思う。彼女が心からの忠誠を捧げているのは、悪魔召喚士としての力量だけが理由ではない。むしろ、その苦悩しながらも進む意思とその生き様にこそ魅せられていた。
「今まで散々殺しといて、今さらなんていうのは分かってるさ!だがよー、どうにも妻や娘の顔がちらついちまう……。くそっ!情けないにも程があるぜ!」
「よろしいではありませんか。人の情とは捨て難きものです。たとえ偽善であっても、それでウラベ様が心穏やかに過ごせるなら、私達は支持します。それがどのような結果をもたらしたとしても、御身の傍に、御身のために戦いましょう」
「リャナンシー、俺は……!
そうだな、俺にはお前達だっている。それにばれると決まったわけじゃねえ。なんだったら、このセーフハウスから出さなきゃいいんだ。生きてさえいればいいと言ったのは、あの餓鬼自身だ。文句はいわせねえ!」
長年の付き合いである献身的な仲魔の言葉に卜部は迷いを振り切り、原因となった実験体について生存を死亡へと修正し、報告書を完成させたのだった。
桐条鴻悦素
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