アインクラッド 後編
春告ぐ蝶と嵐の行方 2
[1/8]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
時間は少し巻き戻る。
“明日の打ち合わせ”とやらで部屋を訪ねてきた二人を残し部屋を出た俺は、主街区のはずれまで足を伸ばしていた。街の北門まで続く大通りを門のすぐ手前で左に折れて、裏通りを歩くこと更に数分。
「……ここか」
俺の眼前には、一軒の小さなバーが両脇の住宅に囲まれて狭苦しそうに建っていた。経年によってベージュの衣をまとったらしい石壁に、まさに取ってつけたというべき雑なニス塗り仕上げの薄いドア。丸ノブに紐で下げられた、OPENと彫りの入った手製のウェルカムボードから、ここが何かの店らしいという事が辛うじて見て取れる。
ノブに手を掛ける寸前、そのノブに付いた錆のような汚れに気づき反射的に手を止めた。が、すぐに思い直すと、そんな自分に苦笑を向けながらノブを回す。
仮想の世界で衛生を気にすることが滑稽だからではない。今更この手の汚れを気にすることが滑稽だったからだ。
意外にも、店の中は手入れが行き届いていた。店内には右手に五人掛けカウンターが一つと、そこから狭い通路らしき空間を挟んで左手に四人掛けの丸テーブルが二つ。床や椅子、テーブルに棚の類は全てドアと同じニス塗り仕上げの木製で統一されていて、それらを弱々しいオレンジ色の光が申し訳程度に照らしている。
「知る人ぞ知る」扱いの店なのか、席は殆どが埋まっていた。客は男性ばかりだったが、その中で一人、派手な赤髪をカールさせた女性プレイヤー――犯罪者ギルド《タイタンズハンド》リーダー、《ロザリア》――が、カウンターの奥から二番目のスツールに座っていた。入り口側の隣に座った二人の男性プレイヤーに、何やら尋ねているようだ。
「ロザリアはよくこの店で飲んでいる」というのはアルゴからの情報だが、俺は改めて彼女の情報精度に驚きと賞賛を胸のうちで向けつつ、空いていた一番入り口側のカウンター席に腰掛けた。注文を取りに来た白シャツに黒いベスト姿の店主に赤ワイン――正確にはそれに似た何かだが――を頼みながら隣の話に耳を傾ける。
「ふぅん……《竜使いシリカ》には新しい男のパーティーメンバーがいたのね? どんな男だった?」
「んー……そうだな。歳は多分二十歳前後ってとこだと思う。服も珍しかったな。青っぽいワイシャツみたいなので……」
「おい、おい。今俺の隣に座った奴、見てみろよ」
「あん? ……ったく、何が悲しくて野郎なんざ見つめねーといけねーんだよ……って、ん? ……おい、こいつ……」
「……やっぱそうだよな。姐ちゃん、今話してた《竜使いシリカ》のパーティーメンバー、こいつだよ」
俺はこちらを覗いてきた男二人の顔を記憶から漁った。どうやら二人は先ほどシリカを勧誘してきた時の野次馬のようだ。シリカのような「オイシイ」獲物が無事に戻って
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ