アインクラッド 後編
春告ぐ蝶と嵐の行方 2
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そいつが死ぬなんて証拠ない」んだったな。ならちょうどいい、試してみるか、お前自身で。……もうコリドーも消える。どうやら、腹は決まったらしいな」
その言葉に、ロザリアの視線が回廊と俺とを何往復かして。
「ひっ……ひ、ひああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如、ロザリアは思わず眉をひそめたくなるような甲高い悲鳴を垂れ流しながら蒼風を払いのけると、一目散に回廊へ飛び込んでいった。彼女の姿と悲鳴とが同時に光が渦巻く回廊に呑みこまれ、直後、回廊自身も一際強く発光すると、それまでの存在が嘘だったかのように消え去った。
静寂。
頭上を仰ぐ。
青い天蓋。
小鳥の群れの影。
通りがかった風が、草木を擦った。
溜息を一つ。
――終わった、か。
居場所を失い空中を漂っていた刀を鞘に納める。
鞘と鍔がぶつかって高い音を鳴らした。戦闘の終わりを告げる小さな旋律が、条件反射のように、直前数分間の記録を記憶として頭の奥深くに植え付ける。
忌々しい事故のおかげで、俺は絶対の記憶を手に入れた。目覚めてすぐは、見聞きしたこと全てが頭の中でエンドレスに再生され、頭痛と吐き気に悩まされたほどだ。一月もすると延々と続く記憶の繰り返しは治まり、今では逆に当時の記憶は酷く曖昧なものとなっている。だが、それは俺の記憶が元に戻ったことを意味しなかった。
確かに、俺の意思に反して全ての記憶が動画のように繰り返されることはなくなったが、“忘れる”という行動を俺の頭が思い出すことはついぞなかったのだ。
それ以来、俺の記憶は全て日付順のタグを付けられた状態で体のあちこちに、自分の意思一つでいつでも再生できる状態で保存されている。
そしてそれは、今も変わらない。
ここ数年間の天気。
書きかけだった論文の、最後の文字。
二ヶ月と四日前に入ったNPCレストランで食べた夕食のメニューに、そこで食事をしていたプレイヤーの人相。
二十二の瞳。
十一の声。
動物の足とも、植物のツタとも、亜人型Mobの胴体のものとも違う、人を斬ったとき特有の感触。
その全てが、永遠に色褪せない記憶として、一年中溜まり続ける埃のように、俺の身体に降り積もる。
帰路に就こうとして、無意味に漂流させていた視線を戻す。歩き始める寸前、右腕に違和感を覚えた。
何事かと視線を落とす。蒼風の柄を握り締めていた俺の手が、積み上げられた記憶の重みに耐えかねて震えていた。
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