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四重唱
第五章
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二人の時間は止まってしまう」
「永遠にね」
「だから時計を止められたのですね」
 ヒルデガントは先程の言葉をまた問うのであった。
「だから。貴女は」
「そうでしょうね」
 ハンナもそれを認める。
「だから。時計が動くのが怖いのよ」
「それが今。やっとわかりました」
 ヒルデガントも同じ顔になって。答えるのであった。
「私も。時間を止められたら」
「けれど。もうそれは誰にもできはしないから」
「このまま終わりに近付いていくんですね」
「そうね。少しずつ」
 少しずつと言って。また言う言葉はまた二人の心に響く。夕刻の鐘の音そのままに。二人の心に哀しい音色を響かせるのであった。
「終わっていくのだわ」
「それも運命なのですね」
「そうなのでしょうね」
 ハンナはまた彼女の言葉に頷くのであった。頷きたくともそれを否定することができないから。だからこそ頷くのであった。そうするしかなく。
「笑顔は作れないけれど」
「それでも」
「今日もね。これで終わりね」
「はい。二人だけの時間は」
「帰りましょう」
 そっと立ち上がって彼女に告げた。
「こうしていられるのもほんの少しだけになっていくけれど」
「それでも」
「どうして。人は時間を止めることができないのかしらね」
 ハンナは言う。俯いて。真珠を床に零しそうになりながら。紅い絨毯を銀の色を通して見ながらその言葉を言うのだった。
「それか戻すことができればいいのね」
「人だからこそ。それができないのです」
 ヒルデガントはテーブルに座ったままである。そこでハンナから顔を背けて言うのだった。
「許されない愛でもいい」
 彼女はその姿で言った。
「それが不倫でも愛した人が女の人でも」
「それが薔薇の騎士だから」
「そうです。神はこの作品をシュトラウスに与えられたのはこうした愛が生まれることもわかっていた筈です。けれどそれがこうして」
「はじまりがあるのは必ず終わりがあるもの」
 ハンナはまた言うのだった。もう涙が零れそれが紅の絨毯を濡らすばかりであった。ヒルデガントは何とか堪えていた。しかし心は違っていた。
「それだけよ」
「それだけですか」
「そう。それだけ」
 言いたくもない言葉を出すだけだった。言葉は自分の本当の気持ちを裏切って出て来る。ハンナの心はもう散り散りになっているがそれをつなぎ止めることももうできなくなってしまっていたから。そうするだけしかなくなってしまっていたのだ。

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