月夜
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じくられるのが嫌い――これは、彼に仕えて分かった数少ないことだった。
「――にしても。今夜の月は綺麗ですね。あの夜みたいに」
「さっきからどうしたんですか、君。あの時のことばかり喋り始めて……もしかして僕に抱かれに来たつもりなの?」
彼は刀を鞘にしまいつつそっぽを向きながら言った。
「まさか。ただ世間話でも、と思っただけです。そんなつもりはありません」
「冗談ですよ、冗談。この僕が二回も君と、なんて考えられませんし。まあ最も、君が望めば――話は別ですけどね」
ゆっくりと顔を近づけてくる彼。低く囁くような声に、月明かりだけでも分かる鮮明な甘い顔立ちに見つめられるとそんな気がないのに鼓動が早くなる。
「な……っ! からかうのは辞めてください!」
「……ふっ、だから冗談だと言っているのに。勘違いするのがいけないんですよ? その空っぽの頭に勘違い、という言葉を入れておくのをお勧めします」
そう言うと、彼は立ち上がった。そして刀を手に持つ。
「さて、と。僕はもう寝ますね。夜が更けてきましたし、明日も早いものですから。君も、さっさとその洗濯物を片付けた方が利口だと思いますよ。――お休みなさい」
ゆっくりと、縁側から立ち去る彼。
私はしばらく彼の後ろ姿を見つめていた。
02 翌日、心の中で
なんだかんだ言って優しいところも。
新選組を背負う剣の強さも。
綺麗な唇から漏れる毒舌も。
彼の声も。少し強引なところも。時々拗ねることも。
彼の夜の姿も――全部、好きだ。
ああ、私は完全に彼に溺れたんだな、と改めて痛感する。
決して、私のような普通の下女が抱いていい感情ではないけれど。
きっと、彼にはこの気持ちなんて届かないけれど。
彼が結核で、もう長くはもたない体だとしても。
世話役として隣にいられる今だけは。
人を斬りなれた彼に、人の暖かさを知ってもらえますように。
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