第一章
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一反木綿
薩摩の国、今の鹿児島県に残っている話である。百姓の藤兵衛は自分の家で仕事の後風呂に入っていた。そして風呂の中からだ。
風呂を焚く女房のすみにだ、こう言った。
「いい湯でごわす」
「そうでごわすか」
「やっぱり風呂はいいでごわす」
満足しきっている言葉だった。
「これの為に生きているでごわす」
「おまんさあそれ焼酎飲む時にも言ってありもっそ」
かよは亭主に笑って返した。
「飯食ってる時にも言いもっそ」
「どれもでごわす」
風呂も酒も飯もとだ、徳兵衛は女房の言葉に返した。
「それの為に生きているでごわす」
「そうでごわすか」
「そうでごわす、それで風呂の後は」
「焼酎あるでごわすよ」
酒、それがというのだ。
「飲むでごわす」
「そうするでごわす、それでおいどんが入った後はでごわすな」
「おいがはいるでごわす」
かよは笑って亭主に返した。
「そうさせてもらうでごわす」
「ではそうしもっそ、ただ」
「ただ?」
「それだとおいどんは炊かないといけないでごわす」
二人は結婚して間もなくまだ子供もいない、家に二人で住んでいる、家は徳兵衛の祖父母が生前暮らしていた家だ、二人でそこに入って暮らしているだ。
「酒を飲んだ後で駄目でごわすか」
「酒飲んだ後で火を使うと駄目でごわすよ」
すぐにだ、かよは亭主にこう返した。
「そげなことしたらいかんでごわす」
「それもそうでごわすな」
「焼酎はその後でごわす」
かよが風呂に入った後で、というのだ。
「晩飯と一緒に飲むでごわす」
「わかったでごわす」
実は徳兵衛は鹿児島の男だが亭主関白ではない、尻に敷かれている訳ではないが女房の言葉には従う方だ。
それでだ、こう言うのだった。
「後にするでごわす」
「そういうことでごわすな」
こう二人で話してだ、そしてだった。
徳兵衛はかよの風呂を焚く為に外に出ようとした、だが風呂から上がって身体を拭いたその時にだった。
風呂場に自分が入ろうとする女房にだ、困った顔をして言うのだった。
「褌は何処でごわすか」
「褌?」
「そう、それでごわす」
真っ裸でだ、風呂場に来た女房に言うのだった。
「ここにかけてあった筈でごわす」
「そんなのないでごわすよ」
かよは風呂場の中を見回した、だがそれでもだった。
褌はない、それでかよも言うのだった。
「なかっとでごわすよ」
「さっきまであったでごわすが」
「御前んさあがどっかでやったでなかとでごわすか」
「そんなことありもうさん」
すぐにだ、徳兵衛はかよにこう返した。
「おいどんここにかけておいたでごわすよ」
「風に吹かれたでごわすか?」
「そんなこともないでごわすよ」
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