一話 白い難色
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蒸し暑い日のことであった。
その日は演習を行ったものの、照り返しのきつい海にいたからか、私の艦隊の駆逐艦・漣が熱中症を起こしたため、演習を中止して全員に待機命令を出した。しかし、天龍をはじめとする元気の有り余っている艦娘は近海をうろついていたし、幼い駆逐艦たちは外に出て虫捕りをするなど自由に過ごしていた。漣の例もあるので、言外に自室での待機を命じたつもりであるが、彼女らを咎めるつもりはなかった。元々、口うるさくするのが苦手だというのも理由のひとつではあるが、一番の理由は単純に叱る気力がなかったのである。
私は、今この部屋から解放されるものならばすぐにでも下に降りて、彼女らと虫捕りに興じたいくらいに、疲弊していた。
「――提督。いい加減、外ばかり見ていないでご決断願えませんか」
正規空母・加賀がいつもと変わらない調子で言う。否、いつもと変わらないよう自らに強いているような調子で、言う。
「そうですよ、提督。男らしくありませんよ」
正規空母・赤城の方は本当に変わりがない様子で、私を責めていた。手につけていた弓道手袋――弓懸というらしい――は暑気のためか懐に仕舞ったようで、すべすべとした手首がすらりと伸びている。加賀は、私が赤城に見蕩れていたのが気に食わないらしく、視界を遮るように身体の位置をずらした。
私は海軍で働いてから、概ね、男として越えなければならない壁を――越えたとは言わないまでも――ぶつかってきたつもりだ。しかし、言い訳になるが軍生活は男所帯である。今までぶつかってきた壁には女性が関わることは皆無だった。軍人としての自分はある程度評価できるとしても、裸一貫の私そのものは、未だに、二人の女性を悲しませている弱い男なのだ。
「私と赤城さん――どちらとケッコンされますか?」
悩む必要はなさそうですが、と加賀が言い添える。自分への自信か、はたまた赤城に決まっている、と思っているのか、わからない。もしくは、単に、燃料と弾薬を多く消費する自分の方が合理的だ、と言っているようにも聞こえる。加賀の性格なら有り得る話であった。
それに対して赤城は、そうです、悩む必要なんてありません――と口にした。それは加賀の含みのある言い方への反撃にも聞こえたし、一方で、赤城からは加賀の優秀さについては何度も聞かされていたので、加賀にするべきだ、という風にも聞こえた。あるいは単純に彼女の慢心というものなのかもしれない。どちらにせよ、目の前の女性二人はどっちとも取れる言葉を、強いて選んでいるようであった。言及したところで、どうせはぐらかすのだろう。
女というやつは、こうも懐に刃を持ったようなやり口をする。
しかし、私は、そんな面倒な二人のことが、好きで、好きで、たまらないのだった。
どちらかを、選べないくらいに。
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