第十四章 水都市の聖女
第二話 八極
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れは老人の身を案じて発せられたものではなく―――
「―――そう殺気立つでない小娘」
―――サーシャの身を案じて発せられたものだった。
「―――ッが?!」
まるで見えない壁にでもぶつかったかのように、サーシャの身体が吹き飛んだ。スーパーボールを壁に叩きつけたかのように、進行方向が突然真逆になる。地面に叩きつけられ、サーシャは丘の上から転げ落ちていく。気を失ったのか、声も上げず手足を投げ出しながら転がっていくサーシャに向かって、士郎は駆け出した。
「サーシャっ!?」
サーシャの身体を受け止め、名を呼ぶが返事どころか指先さえ動いていない。慌てて口元に耳を近づけると、苦しげではあるが呼吸はしている。さっとサーシャの身体を確認すると、丘から転げ落ちた際に切ったのだろう軽い出血があるが、一見して対した怪我はしていないように見える。しかし、一目で分かる程右腕と長さが違う左腕。短剣を握っていた左側の手首、肘、肩。全て関節が外れていた。
「転がしただけよ。死んではおらん」
頭上から、つまらなさそうな声が落ちてくる。
顔を上げると、老人が士郎を見下ろしていた。
「―――っ」
老人の姿を目にした士郎が息を呑む。
老人は、右手に三メートルはあるだろう長大な槍を片手に突き出していた。士郎が驚いたのは老人の細い腕で長槍を持ち上げていること等ではない。老人が何時槍を動かしたか、士郎は気付けなかったのだ。サーシャが吹き飛ばされる直前まで、老人は槍を縦に持っていた。それが何時の間にか前へと突き出している。目を離したりなどしていない。なのに、気付けなかった。
老人が槍を振るう姿を、士郎は捕らえる事が出来なかった。
得体の知れない怖気が、指先から身体を侵食していく。ブルリと身体が怯えるのを、士郎は自覚する。
見下ろしてくる老人の瞳には、先程自分に襲いかかってきたサーシャの姿は映っておらず、士郎の姿しか映していない。士郎はサーシャの身体をそっと地面に下ろすと、ゆっくりと立ち上がり老人と向き合った。
「……今の名」
老人に襲いかかった際、サーシャが口にした言葉。怒りや憎しみで歪んではいたが、アレは確かに人の名であった。それが分かったのは、その名に士郎が聞き覚えがあったからだ。そして、その人物であるならば、あの一瞬で、魔法的とも言える技法によりサーバント並の動きを見せたサーシャを難なく下した事も納得出来る。
「ふむ、先を越されてしまったの。名を告げるぐらいは自分でしたかったのだが。まあ良い。改めて名乗ろう」
一瞬だけだが、チラリとサーシャに目を向けた老人は、つまらなさそうにふんっと一つ鼻を鳴らすと、改めて士郎に向き直り、そして自らの名を告げた。
「儂の名は李書文」
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