第6章 流されて異界
第104話 帰り来る
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えられない。
しかし、そんな事を言っても彼女を納得させる事は出来ないでしょう。多分、彼女の求めている答えはそんな気休めのような物ではないと思います。
その程度の物ならば、かつての俺がこんなに心を揺らし、自己主張を行う訳が有りませんから。
【忘れたのか、有希】
何処か心の奥の方から湧き上がって来る想いを、そのまま【言葉】にする俺。筆記用具と答案用紙。そして、四十人に少し足りない青春期の人類が作り上げた無機質で画一的な世界の中心で、共に相手の瞳を覗き込む事もなく、ただ没個性な集団に埋没……試験問題と答案用紙にのみ視線を向ける振りを続ける彼女に向かい……。
そして……。
そして、俺の一番大切な名前の一部を使用して。
その瞬間、彼女から流れて来る強い想い。その事に因り確信する。俺が彼女の名前を呼ばず、苗字を呼ぶ度に彼女が発して居た少し哀しげな雰囲気の意味と……。
俺の異世界同位体が、彼女の事をどう想い、そして、どう接して居たのかを。
【あの冬の日に約束した内容を……】
何もかもすべてが赤く染まり、ただ一色に塗り潰されて行く時間。冬の属性の風が強く、すべての感情や声を吹き散らせて行く世界。正面に立つ……いや、立ち去ろうとする後姿は相馬さつき。彼女の纏う漆黒のコートが風に棚引く。
【もしも有希が世界に仇為す存在となった時には……】
彼女……長門有希を滅するのは、彼女と縁を結びし俺の役割だと。
但し、おそらくこの約束は果たされる事はない。先ず、長門……有希が闇堕ちする可能性は非常に低い。そして何より、現状では彼女よりも俺の生命の方が危機的状況に成って居ると言わざるを得ないから。
ハルケギニアの湖の乙女が、ここに居る長門有希の未来の姿ならば。
彼女。長門有希が何か【言葉】を発しようとして、しかし、止めた。多分、この時の彼女には何をどう言って良いのか判らなかったのでしょう。
そうして……。
そうして、途切れて仕舞った会話。後ろから見つめる試験中の教室と言うのは、何故か水族館の中に居るような気分にさせられる。普段はこの年齢に相応しい活気に満ちた気を放つ生徒たちも、この時ばかりは目の前の試験問題を解く事に集中する為に、自然と静謐な雰囲気を作り出すからなのかも知れない。
ぼんやりとそう考えながら、左腕に巻いた今回の人生で母親から最後に貰ったプレゼントに目をやる俺。
……時刻は九時十二分。得意教科の試験ならば、そろそろ一時限目テストの最後の見直しを行って、ケアレスミスを潰すべき時間帯。
しかし――
【なぁ、有希。言い忘れていた事がひとつ有ったな】
――現実に追われるのはもう少し後でも良い。
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