アインクラッド 後編
春告ぐ蝶と嵐の行方
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ふと思う。この世界に囚われてから初めて、この世界での冒険を楽しんでいる自分がいる。そして同時に、今日この冒険が終わってしまえば、もうシリカちゃんと会うことも無くなる。そして自分は、また独りに戻るのだと……。
足元から這い登ってくる冷たい感触を振り払うように、わたしは二人の後を小走りで追いかける。幸いにも……と言っていいのかは分からないけれど、その後すぐに《思い出の丘》に入ったためにモンスターとのエンカウント回数が飛躍的に多くなった。必然的にわたしが戦闘に参加する回数も激増し、戦闘に集中することにしたわたしは、大して労せずにその思考を忘れ去ることができた。
そうこうしているうちにもかなりの距離を進んでいたようで、丘を巻きながら続く坂道のカーブがいつの間にかかなり急なものに変わっていた。それに伴って急角度になる坂道と激しくなる戦闘にも負けじとずんずん進む。木立が連なってできたトンネルをくぐり抜けると、それまで立ち並ぶ木々に隠されていた視界が急に開け――。
「うわぁ……」
丘の頂上に出た瞬間、シリカちゃんが感嘆の声を漏らした。葉や枝で覆われていた天井にぽっかりと開いた穴から陽光のベールが降りていて、その陽射しを浴びた色鮮やかな花々が丘一面を埋め尽くしている。時折風が丘の表面を撫でる度に花はその身を一斉に踊らせ、零れ落ちた幾つかの花びらが、ベールの中に閉じ込められていた香りと共に風を色づけて飛んで行く。
わたしとマサキ君がその後ろから歩み寄ると、シリカちゃんが振り返って尋ねてきた。
「ここに……その、花が……?」
「うん。真ん中にある岩……あれかな。あの岩の上に――」
花畑の中央にポツンと置かれていた白い岩を指差すと、わたしが言い終わらないうちにシリカちゃんは駆け出した。そのまま彼女の胸ほどもある岩まで大急ぎで走り、身を乗り出すようにしてその頂上を覗き込む。その光景を微笑ましく思いながら、わたしは彼女の後を歩いて追う。
しかし。
「え……」
次に聞こえてきた彼女の声は、予想していたそれとは全く別の感情を孕んでいた。どうしたのだろうと疑問に感じ、彼女を追いかけていた足を僅かに速めようとした刹那、彼女はわたしたちに振り返って涙に震える声と表情で叫んだ。
「ない……ないよ、エミさん! マサキさん!」
「ない、って……ウソ、そんな……?」
「……いや。よく見てみろ」
彼女の言う意味が咄嗟に飲み込めず、しばし呆然と立ち尽くしていたところをマサキ君の声で我に帰る。
その声に従ってわたしとシリカちゃんが岩の上に視線を戻すと、苔のようにも見える短い草の合間から、小さな薄緑の芽が恥ずかしげに顔を出していた。少し触れただけで壊れてしまいそうにさえ思えるほど華奢だった茎もみるみるうちに高く、太
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