第6話 回転木馬ノ永イ夢想(後編)
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窓に保存された時の中で、母親は笑っていた。あさがおは笑い、泣きながら笑い、満面の笑みで墜落する。
涙の粒の中に、夕焼けが見えた。
『お手洗いに行ってくるから』
温かい揚げパンを、母がくれる。
『ここで待っていてね。遠くに行っちゃ駄目よ』
母は青白く、美人だった。あさがおは待っていた。いい子で待っていた。けれどきっと、トイレは利用客が多くて、あるいは場所がわかりにくくて、なかなか帰ってこない。
空を回るトンビは、家に帰るのだろうか。トンビの静かな家はどこにあるのだろうか。
「トンビ!」
つまらなさに耐えかねて、大きな翼で間近に飛ぶ大好きなトンビのあとを、あさがおは追いかけた。
「トンビ、トンビー!」
両手を振る。その手に、不意に痛みと衝撃が走った。あっ、と思った時、足をもつれさせて転び、その頭上を、翼を広げたトンビが悠々と飛び去って行った。
揚げパンが大部分、ちぎり取られ、落ちていた。ちぎり取られた部分は遠ざかるトンビが足で握っている。
トンビが、私のパンを取った。
手から血が出ている。
トンビが。大好きなのに。
トンビが私をひっかいて、私のパンを取った!
幼いあさがおは転んだまま泣く。後ろから、病んだ母が、全力で駆けてくる――。
ここは、薄蒼く明るい。
夜明けがきたのだ。
雨が降っていたのに。
快晴の夜明けだった。
あさがおは自分の横たわる場所が、家などではない、瓦礫の中なのだと気付いた。目を閉じた。笑顔のまま。
私も死んでいたのだ、と。
―7―
薄蒼の夜明け、家の前に横たわるあさがおを見つけて、クグチは自転車を捨てて走り寄った。間に合わなかった! 激しい後悔に打たれた時、あさがおの姿の電磁体は目を開いた。
「警備員さん」
集中しなければ聞き取れない声で、あさがおは囁く。
「一晩中探してたの?」
クグチを見ないのは、もう首をよじる力もないからだろう。覆い被さるようにその顔を覗きこんだ。
「どうして?」
「根津さん」
彼女の指に触れるけれど、クグチの肉を持つ指は、あさがおの電子の指に触れられず、透過して地面に触れる。
「……どうしてなんでしょうね」
あなたの家族だからと、告げるつもりはなかった。そんなことを言って彼女の最期の静かな時間をかき乱すことはできない。あさがおは笑ったまま喋った。
「親切にしてくれてありがとう」
クグチはイヤホンに意識を集中した。
「私ね」
あさがおが目を閉じる。その顔に朝日が射す。透き通って地面が見える。
「私は、いいところに行くからいいの。何も悲しくない」
「いいところって?」
「病んだ心でもたどり着ける一番いい場所に行くんだ」
クグチは頷いた。彼女に見えていなくとも。
「警備員
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