暁 〜小説投稿サイト〜
あかつきの少女たち Marionetta in Aurora.
04
[1/5]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

 男は悪事を企んでいた。
 開放感のある喫茶店のオープンテラスに腰を掛け、秋の陽光を筋骨隆々とした身体に浴びながら、様々な悪事を企んでいた。
 明黄に色づいたイチョウ並木をぼんやり眺め、心透く青い空を見上げながら、殺人爆破誘拐密輸、あらゆる悪事を企んでいた。
 悪事の計画を次々と脳内で組み立てながら、男はテーブルの上のコーヒーへ、おもむろに手を伸ばす。
 と、仕立ての良いスーツの懐から携帯の着信音が鳴る。
 コーヒーへ伸びた手を止めて、取り出した赤い携帯電話を耳に当てる。

「もしもし」

 電話の向こうの人物は、男のことを『羽柴さん』と呼び、会社の重要案件の指示を乞う。
 男は短くいくつか指示を飛ばし、電話を仕舞った。
 そしてコーヒーカップに指を掛け、再び携帯の着信音。今度は青い携帯を出した。

「もしもし」

 今度の人物は、男のことを『松野さん』と呼び、ある企業の株価が変動したことを告げた。
 売って、とだけ伝え、電話を切る。
 今度こそコーヒーに口をつけようとしたところに、三度目の着信音。次は緑色の電話だ。

「もしもし」

 この電話主は、男のことを『辻野さん』と呼び、彼が所持するビルに大口のテナント依頼が来たことを報告する。
 そのまま進めるように告げ、電話を戻した。

「忙しそうだね」

 異なる三つの名前を持った男に、声をかける者がいた。
 長身痩躯。稲荷キツネのような細く吊り上った眼。十代の若者にも見えるが、三十路を超えた中年にも見える。不思議な容姿を持った男だ。
 名前は李明。彼は日本に潜伏する中国共産党の工作員だ。

「そうでもない」

 李はウェイトレスにコーヒーを頼み、男の正面に座る。

「立場によって名前を変えているんだろう? もしかして私に名乗った名前も、偽名だったりするのかい?」

 それを言うなら李だって偽名だろう、とは男は口に出さない。
 スパイが現地の協力者に、一々本名を名乗るなどあり得ないからだ。
 まあ別に、本当の名前などどうでもいい。

「それで、何の用だ?」

すると李は唐突に言葉を異言語――ドイツ話に変えて、話を切り出した。

「去年から、うちの工作員が何人か消えている」

 李は口元で手を組み、薄い笑みを見せる。が、鋭い切れ長の眼には冷え冷えとした光が灯っていた。
 こちらの一挙一動見逃さず、こちらの心内を見透かそうとしているのだ。

「私の仲間もだよ」

 隠す必要はないし、むしろ男の方から聞こうと思っていたことだ。
 男は正直に、スペイン語で返す。
 突然始まった多言語の会話に、周囲の客は一瞬彼らに目を向けた。
だが矢継ぎ早に変わる異言語の会話、その内容を理解できる者は一人もいない。
 東京
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ