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或る短かな後日談
後日談の幕開け
一 アリス
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 燃える街。死肉の声。宙を舞う灰は、建物の残骸か、それとも。
 暗い空を炎の赤が滲み染める景色。現実離れした……こうなってしまっては。私達の生きてきた日常、今までの現実など。文字通り消し炭。離れるも何も、もう。見慣れた世界など無いのだと。躓いた、足元。転がる誰かの腕から無理やり視線を引き剥がし。嗚呼、私達は。
 こんな。こんな、光景を。見ることが無いように。見ないで済むように、と。その為だけに生きてきたはず、筈なのに。

 世界の終わる音。戦火に呑まれる音。全て、全てが、終わってしまった、終わってしまった、終わって――





 暗い部屋。今は、夜か。いや。只々、窓の無い部屋、明かりの灯っていないだけなのかもしれない。
 背に感じるのは、柔らかな感触……辛うじて、柔らかな、と言える程度の硬さの、平な何か……恐らく、寝台。その上で。

 嫌な夢を見た。記憶だとしたら、相当に悲惨な。断片的で、その癖酷く現実味の在る夢。燃え盛る街、戦争の夢。
 痛む頭、胸の中で渦巻く違和感、その正体さえ分からぬままに体を起こす。光源の無い部屋、しかし、それでも。何故か、次第に目は慣れ始め。鮮明とまではいかずとも、微かに浮かぶ細い四足、私が今まで身を預けていたそれと同じ。二つの寝台、その上にそれぞれ横たわる、二つの形を目視した。
 此処は何処か。その、前に。私は誰か、と。自身に関する記憶を何一つとして、思い出せないことに……いや。私の身に着けた軍服は、確かに、見覚えがあり。着慣れたそれは、あの、戦火の夢の中で着た。
 微かに震え出す体。寒さに拠るものではない、記憶を失い、残る記憶も惨憺たるもの。自分の身に何が起きたかさえ理解できず。只々この、冷たい体を抱き締めて。

 背筋が凍る。戦火の記憶。その中で聞いた死人の呻き。冷たい体、失った記憶。私は――まさか。

「……誰」

 闇の中から声が響く。少女の声、何時起きたのか、一つ寝台を挟み起き上がった影。その影は。

 酷く奇怪な。人のそれとは異なる……三本の腕。長い爪。人ではない。怪物の、それ。

「っ……お前は、何だ」

 反射的に、腰に両の手を伸ばす。延ばした先には、それぞれ、拳銃。握りなれた銃把、体に染み付いたこの動作。軍服と言い、拳銃と言い。それを扱う技能と言い。あの夢は、もしかすると。本当に、私の記憶なのかも知れない、など。
 考えるのは、後。今は、只。目の前の異形。危険へと向けて。寝台の上で方膝を付き、銃を構えて。
 三本腕の怪物の影。心を襲う不安を、恐怖を。他でもない、自身の身を守るために押さえ付け。対する、怪物は。

 銃を構える私を見て。何処か、恐れるように。それでも、私と同じように。
 暗闇で光るその瞳に宿るのは。明らかな、敵意。しかし。


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