第6話 回転木馬ノ永イ夢想(前編)
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けれど、そんなものをいつまで隠しておける。
いや。
いつまでも隠しておく必要はないのだ。
守護天使が写し持つ向坂ルネの記憶と人格は、他の人間に移植できる。ハツセリが、桑島メイミが、それを証明したじゃないか。
クグチは立った。抱えていたクッションが床に落ちた。
何故、初めて会った時、ハツセリは南紀にいたんだ? あれは向坂が強羅木に会いに来た時、一緒について来たんじゃないのか?
ハツセリはあの廃ビルでどうやって生活していたんだ? 誰が彼女の面倒を見ていた? 向坂ゴエイじゃないのか?
証拠はない。けれどそう考えるのが一番しっくりくる。
ハツセリはどこにいる? いるとしたら向坂ゴエイの近くが考えられる。
あの時、やはり向坂に声をかけるべきだった。この広い都市の廃墟で、たった一人の人間を見つけた、奇跡のようなチャンスだったのに。
クグチは寮を飛び出した。自転車の鍵を解除し、壊れた都市に漕ぎだした。向坂ゴエイを探し出すあてもないままに。
―4―
闇、襖が開け放たれた。その音であさがおが目覚める。
音は一階からで、夢だろうか、現実だろうか、目を見開いたまま、体が動かないと気付く。
一階の廊下が軋む。
軽い女が、床の古くなった部分を踏んでいる。
続けて、さーっ、と紙をなで回す音。
部屋の襖を撫でているのだ。片手で撫でながら、一階の廊下の奥の階段に向かってくる。
あさがおは開け放たれた窓、網戸の向こうの雨雲の明かり、そして、風を通すために開け放たれたままの寝室の襖を見た。その向こうの廊下の闇で、何かが、階段に足をかける。
指に力を入れ、動かし、全力で背中を敷き布団から引き離した。
とん。とん。上がってくる。
あさがおは這って襖に手を伸ばす。
とん。とん。
襖に手が届く。音を立てぬように、襖を閉ざす。
こんな、紙と木でできた小さな戸であっても、「入ってくるな」と閉め切られたら入って来れないものだ。上がってきた女は、やはりその軽い体重で廊下をわずかに軋ませて、寝室の前に立った。
小雨が、襖にやさしく影を揺らしていた。襖一枚を隔てて、それは中の様子を窺っている。あさがおは夏布団を抱いて身じろぎひとつしない。
それが、両手で襖を撫でた。
さー。
左から右へ、直線を描くように。下から上に向けて、輪を描くように。
さー。さー。
けれど、閉ざされた襖はかたく、開かないことを悟ると、静寂の後軽い女は、廊下を引き返して行く。
それが階段を下りて、一階の廊下から仏間に戻るまで、耳をそばだてて待った。
音と気配が消えてから、そっと寝室を出た。懐中電灯を頼りに一階に下り、開け放たれた襖から仏間をのぞくと、ああ、やはり、仏壇の扉を閉め忘れているではないか。
ぱ
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