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銀河英雄伝説<軍務省中心>短編集
禁酒令
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トの煮込みです。俺の勝手な創作料理ですが、身体が温まりますよ」
 出されたものは、ザワークラウトの他にベーコン、じゃがいも、にんじんを一緒に煮込んだもので、その上に品良くローリエの葉が一枚添えられている。その小さな心遣いがなぜだか優しい執事夫妻を連想させ、オーベルシュタインは目頭が熱くなるのを感じた。ザワークラウトを一切れ口元に寄せると、立ち上る白い蒸気にふうっと息を吹きかけてから、ゆっくりと口中に運ぶ。家庭によって異なると言われるザワークラウトの酸味が、ワインで熱くなった鼻の中を通り抜けた。
「……うまい」
 押し出すような声でそう言って、何度も噛みしめる。それは数十日前に、いや、一年半ほど前に戻れぬ覚悟をして後にした、故郷の味がした。
「お口に合いましたか。あいにく遠征地ですので、ザワークラウトもブイヨンも市販品です。フェザーンに帰れば、どちらも我が家秘伝のものを召し上がってもらえるのですが」
 卒のない説明の裏に照れを隠したフェルナーの言葉を、オーベルシュタインはただ一回の首肯で制した。故郷オーディンに良い思い出があるわけではない。けれど不思議と郷愁というものがあるのだと、この男に教えられた。市販品で感動できるほど、自分が安い人間だということも。けれど、それがひどく幸福に思えた。これ以上感情が発露しないようにと堪えながら、オーベルシュタインは黙ったままザワークラウトを食べた。横に座るフェルナーも、静かにフォークを口へと運んでいる。
 まったくこういう時だけ、この男は気が利くのだ。
「フェルナー」
 何杯目かのワインを飲み下して、オーベルシュタインがおずおずと口を開く。自分はこの部下に礼を言わねばならない。
 覚悟があったとしても、自分へ向かった攻撃の言葉は小さな棘となって心の深部に突き刺さる。予想し、あまつさえそれを指唆したのが自分であっても、やはりその棘は自身に刺さり、容易には消えぬ傷跡を残す。目を逸らし、職務に没頭することで時を費やし、その傷を癒してきた自分のやり方が、禁を犯して酒を飲み、それを見咎められるという事態を招いたのだ。しかし今、彼の胸はとても温かで、今以上に酒を求めようとも思わないし沈み込むような陰鬱な気分にもならない。それはやはり、この男のお節介のおかげだろう。
「……?」
 開きかけた自分の口の前に部下の掌があって、オーベルシュタインは慌てて言葉を飲み込んだ。
「親愛なる執事どのとご愛犬をフェザーンへ置いていらした閣下は、温かい家庭料理にちょっとばかり飢えて、お疲れが溜まっていらした。そういうことで良しにしませんか」
 いつになく優しげに微笑む部下の瞳には、その言葉を鵜呑みにできないしたたかな光が蠢いているように思えた。けれどそれを気に病む必要がないほど気分が良く、彼がそう言うならばそれでも良いかと口を閉じ
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